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第18話 教卓

文化祭まで二週間を切った水曜日。


放課後の教室には、段ボールや色紙が広がっていた。


クラス企画の縁日に向けて、準備が始まっている。


悠真は窓際の机で、輪投げの得点表を作っていた。


向かいでは、澪が看板に文字を書いている。


「悠真」


「何」


「これ、曲がってない?」


澪が看板を持ち上げる。


鉛筆で下書きされた『縁日』の文字が並んでいた。


「右が下がってる」


「やっぱり?」


「『日』の方」


澪は看板を机に戻した。


「直そ」


「まだ下書きでよかったな」


「そのための下書きです」


後ろから声がした。


「俺も確認してほしいんだけど」


二人で振り向く。


颯太が段ボール箱を抱えていた。


「何を?」


澪が聞く。


「なんで俺、ずっと物運んでんの?」


箱の中には、ガムテープや画用紙が詰まっている。


「買い出し担当だからじゃない?」


「買い出しはもう終わったの。これは倉庫から持ってきてって頼まれたやつ」


颯太が箱を床に置く。


その直後、教室の前から声が飛んだ。


「颯太ー!」


颯太が振り向く。


「今度は何」


「体育館から輪投げの棒借りてきて!」


「俺、今戻ってきたんだけど」


「お願い!」


颯太は教室を見回した。


「誰か一緒に行かない?」


誰も立たない。


「聞こえてる?」


何人かが笑った。


颯太はため息をつく。


「はいはい」


そう言って、また教室を出ていった。


澪がその背中を見る。


「今日もずっと頼まれてるね」


「断らないからな」


悠真は得点表に定規を当てる。


「そのうちどっかで寝てそう」


澪が言った。


「どこで」


「教卓とか」


悠真は教室の前を見る。


教卓の後ろには、教師用の椅子がある。


「先生来たら邪魔だろ」


「じゃあ、みんな帰ったあと」


澪も教卓を見る。


「颯太があそこで寝てるの」


「なんで帰らないんだよ」


「疲れすぎて」


澪は今度は悠真の方を見る。


「その頃、私たちは窓際でまだ文化祭の準備してる」


「俺らも帰れよ」


「看板が終わってなかったら?」


悠真は澪の手元を見る。


「今日中には終わるだろ」


「じゃあ、乾くの待ってるとか」


「それならありそうだけど」


「ほら」


「何が」


「ありそうになった」


「俺が考える話なの?」


澪が笑う。


その時、廊下から颯太の声が響いた。


「誰かドア開けて!」


澪が立ち上がる。


「もう疲れてるじゃん」


「まだ寝てないけどな」





六時を過ぎた。


教室に残っている生徒は、三人だけになっていた。


部活へ行った生徒。


塾があると言って帰った生徒。


別の準備を手伝いに行った生徒。


真帆も五時半頃に委員会へ向かった。


悠真は完成した得点表を机の上に並べる。


全部で五枚。


「そっち終わった?」


澪が聞く。


「得点表は終わった」


「こっちも」


澪が看板を持ち上げる。


赤く塗られた『縁日』の文字は、今度はまっすぐ並んでいた。


「どう?」


「いいんじゃない」


「それだけ?」


「ちゃんとまっすぐ」


「最初よりは褒めてる」


澪は看板を窓際の机に立てかけた。


まだ絵の具が乾いていない。


「これ乾いたら帰ろ」


「うん」


教室の前で、椅子を引く音がした。


悠真が顔を上げる。


颯太が、教卓の後ろの椅子に座っていた。


「いつ戻ってきたの」


「ちょっと前」


「何してんの?」


「休憩」


「帰らないの?」


「六時半に、体育館から借りたやつ返す」


「まだ仕事あるのか」


「もう俺も何担当なのか分かんない」


颯太は教卓に腕を乗せた。


「五分だけ寝る」


澪が笑う。


「そこで寝るの?」


「ここなら誰か起こしてくれるだろ」


「自分で起きてよ」


「六時二十五分になったら頼む」


「五分じゃないじゃん」


「じゃあ一回五分寝て、また寝る」


「意味ある?」


颯太は答えず、そのまま腕に顔を伏せた。


悠真は壁の時計を見る。


六時八分。



窓の外は暗くなり始めている。


悠真は窓際の机に座っている。


向かいには澪。


二人の間には、乾くのを待っている文化祭の看板。


教室の前では、颯太が教卓に伏せて寝ている。



澪が看板から顔を上げた。



教卓を見る。



それから、悠真を見る。



「……さっきの」


悠真も教卓を見る。


「うん」



颯太が教卓で寝ている。


二人は窓際にいる。


看板が乾くのを待ちながら、まだ教室に残っている。



昼間、二人で話した通りだった。



澪が声を落とす。


「まただ」


「颯太が勝手に寝ただけだろ」


「でも教卓」


「返すものがあるから残ってるだけ」


「私たちもいる」


「看板が乾いてないから」


澪は看板を見る。


「全部、理由はあるんだね」


悠真も教室を見回す。


「そりゃあるだろ」


「でも、その理由が全部重なると、こうなる」


悠真は答えなかった。



澪が鞄からスマホを取り出す。


「撮っていい?」


「何を」


「今の教室」


「颯太寝てるけど」


「顔は写さない」


澪は教室の後ろまで下がった。


悠真はそのまま窓際に座っている。



シャッター音が一度だけ鳴った。



澪が画面を見る。


そのまま悠真のところへ戻ってくる。


「見て」


スマホを差し出す。



写真の奥には、教卓がある。


颯太の顔は見えない。


伏せた背中だけが写っている。


手前には赤い文字の看板。


窓際には悠真がいる。



澪が写真を見る。


「ほんとに、さっきのまんま」


その時、颯太が顔を上げた。


「今何時?」


悠真は時計を見る。


「六時十二分」


「四分しか寝てないじゃん」


「自分で五分って言っただろ」


「あと五分」


「増やすなよ」


颯太はまた腕に顔を伏せた。


澪が笑う。



悠真はもう一度、スマホの写真を見る。



教卓。


窓際。


乾いていない看板。



どれも、ここにある理由は分かっていた。

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