第17話 赤
昼休み。
悠真が購買から戻ると、澪が颯太の席の横に立っていた。
「それで五時ぴったり?」
颯太が聞く。
「ぴったり」
澪が答える。
悠真はパンの袋を机に置いた。
「何の話してんの」
「昨日の」
「なんで颯太に話してるの」
「面白いから」
颯太が悠真を見る。
「何それ。運命じゃん」
澪がすぐに指を差した。
「ほら」
「何が」
「颯太も言ってる」
「颯太だからだろ」
「なんで俺だと説得力なくなるんだよ」
悠真は椅子に座る。
「たまたま駅で会っただけだよ」
「でも五時に時計の下だろ?」
「そうだけど」
「しかも一回待ち合わせなくなってんだろ?」
「そう」
「じゃあ運命じゃん」
澪が満足そうに頷く。
「二対一」
「多数決で決めるものじゃないだろ」
「じゃあもう一回起きたら?」
澪が聞いた。
悠真はパンの袋を開ける。
「何が」
「こういうの」
「こういうのって?」
「一回なしになったのに、結局その通りになるやつ」
悠真は手を止めた。
窓側の席。
ラーメン。
放課後の教室。
四時半のベンチ。
昨日の時計。
並べると、思っていたより多い。
「全部じゃないだろ」
「全部とは言ってないよ」
「じゃあ何」
「分かんない」
澪が笑う。
「だから面白いんじゃん」
颯太が二人を交互に見る。
「じゃあ当ててみれば?」
「何を?」
「次に先生が教室に入ってきた時、何持ってるか」
「急だな」
「運命なんだろ?」
「颯太が言い始めたんだけど」
澪も前の扉を見る。
「じゃあ赤いもの」
「広くない?」
「赤いファイル」
「先生、そんなの持ってたっけ」
「知らない」
颯太が悠真を見る。
「悠真は?」
「やらないよ」
「逃げた」
「何からだよ」
その時、前の扉が開いた。
三人ともそちらを見る。
入ってきた担任が持っていたのは、白いプリントの束だった。
澪が言う。
「白」
「外れてんじゃん」
颯太が笑う。
「運命終了」
「早いな」
担任が教卓にプリントを置いた。
「文化祭のクラス企画、今日の六限で決めます。各自ちょっと考えといて」
教室の何人かが声を上げる。
担任はそのまま出ていった。
澪がプリントを見る。
「赤くなかったね」
「普通に外れたな」
「つまんない」
「何でも当たったら怖いだろ」
悠真が言うと、澪は一度口を閉じた。
「それもそうか」
そう言って笑った。
◇
六時間目。
黒板には候補が五つ並んでいた。
お化け屋敷。
喫茶店。
縁日。
展示。
ゲーム。
「喫茶店は他のクラスと被ってるらしいです」
委員が言うと、いくつか手が下がった。
後ろの席から、
「お化け屋敷でよくない?」
と声が飛ぶ。
別のところから、
「準備大変じゃね?」
と返る。
話はなかなか決まらなかった。
悠真は頬杖をついて黒板を見る。
隣の列にいる澪は、真帆と何か話している。
颯太は後ろの男子に肩を叩かれていた。
「颯太、縁日の呼び込みやってよ」
「なんで決まる前から俺の仕事決まってんの?」
「向いてるじゃん」
「何に?」
「声」
「雑すぎるだろ」
別の男子も乗ってくる。
「受付もいけそう」
「俺一人で何個やるの?」
「できるできる」
「お前らさ、俺が何でもやると思ってない?」
「やってくれるじゃん」
「そういうとこだよ」
周りが笑った。
颯太も笑っていた。
結局、クラス企画は縁日に決まった。
教室の前で担当が振り分けられていく。
受付。
装飾。
ゲーム制作。
買い出し。
当日の呼び込み。
颯太は呼び込みになった。
そのはずだった。
「ごめん、颯太。放課後の買い出しも一回来てもらっていい?」
委員が聞く。
「俺?」
「男子一人足りなくて」
颯太は黒板を見る。
「今日だけ?」
「たぶん」
「じゃあいいよ」
少しして、別のところから声が飛んだ。
「颯太、机運ぶの手伝って」
「今?」
「すぐ終わる」
「俺、買い出し」
「その前に」
颯太はため息をついた。
「五分な」
悠真はそのやり取りを見ていた。
帰りのホームルームが終わる。
澪が鞄を持って悠真のところへ来た。
「帰ろ」
「颯太は?」
二人で後ろを見る。
颯太は机を二つ重ねて運んでいた。
「颯太、帰らないの?」
澪が聞く。
「俺もその予定だったんだけどね」
「買い出しもあるんじゃなかった?」
「ある」
「大丈夫?」
「机置いたら行く」
そこへ男子が段ボール箱を持ってきた。
「颯太、これもお願い」
颯太が箱を見る。
「お前、自分で持てるだろ」
「持てる」
「じゃあ持てよ」
「一緒に行くから」
「意味分かんねえ」
そう言いながら、颯太は机を置いたあと、箱の片側を持った。
澪が笑う。
「結局やるんだ」
「こいつらがやらせるんだよ」
「断ればいいじゃん」
「それができたら苦労してない」
颯太は箱を持ち上げる。
「先帰ってて」
「じゃあな」
「おう」
悠真と澪は教室を出た。
階段を下りながら、澪が言う。
「颯太って、ずっとあんな感じだよね」
「頼まれたら大体やる」
「悠真はやらなそう」
「内容による」
「私が頼んでも?」
「内容による」
「冷たい」
「何頼むつもりだよ」
澪が考える。
一階まで下りたところで、廊下の先を指した。
「じゃあ、あれ」
自動販売機が二台並んでいる。
「ジュース奢って」
「嫌だよ」
「即答じゃん」
「内容によるって言っただろ」
「百五十円なのに」
「自分で買えよ」
二人で自動販売機の前まで歩く。
澪は財布を出した。
「何にしよ」
「赤いのにすれば?」
澪が悠真を見る。
「なんで?」
「昼、外したから」
「ああ」
商品を見上げる。
赤い缶の炭酸飲料が一本あった。
澪が笑った。
「じゃあこれ」
硬貨を入れ、ボタンを押す。
落ちてきた缶を取り出す。
「赤」
「今のは自分で選んだだろ」
「運命かも」
「百五十円で?」
「安い運命」
澪がプルタブを開ける。
一口飲んで、顔をしかめた。
「甘い」
「自分で選んだんだろ」
「悠真が赤って言った」
「俺のせい?」
「半分」
「じゃあ半分飲む?」
澪が缶を差し出す。
悠真は受け取って、一口飲んだ。
確かに甘かった。
「甘い」
「でしょ」
缶を返す。
昇降口へ向かう途中、澪が言った。
「次は当たるかな」
悠真は横を見る。
「何が」
「赤いファイル」
「まだやるの?」
「だって今日、外れたし」
「外れたら普通終わりだろ」
「じゃあ次に赤いファイル見つけた方が勝ち」
「何に?」
「知らない」
「決めてから始めろよ」
澪が笑う。
二人は靴を履き替えた。
外では、文化祭用の資材を運ぶ生徒が行き来していた。
その横を抜けて、二人は駅へ向かった。




