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第16話 五時

翌週の火曜日。


昼休み、悠真と澪は購買から教室へ戻る途中だった。


階段を上がりながら、澪が言う。


「今日、本屋寄っていい?」


「駅前の?」


「うん。写真の本見たい」


「いいよ」


「じゃあ三時半くらい?」


悠真は廊下の時計を見る。


「今日、六限あるけど」


「あ」


澪が足を止める。


「忘れてた」


「三時半は無理だな」


「じゃあ四時半」


「また四時半」


澪が笑った。


「この前もだったね」


「じゃあ四時半はやめよう」


「なんで」


「別に」


「気にしてる?」


「何を」


澪は笑ったまま、一段先へ上がる。


「じゃあ五時」


「遅くない?」


「真帆と先生のところ行くから、たぶんそれくらいになる」


「じゃあ先に本屋見てる」


「分かった」


駅前の本屋は、改札とは反対側にある。


入口の前には、大きな時計が立っていた。


待ち合わせに使っている人をよく見かける。


澪が言う。


「じゃあ五時に、時計の下」


「分かった」


「先に帰らないでね」


「帰らないよ」


「五時ね」


「分かったって」





六時間目が終わる少し前。


担任が教室へ入ってきた。


連絡事項をいくつか話したあと、最後に言う。


「今日、駅前で接触事故があったらしくて、北口側がかなり混んでるみたいです。帰る人は気をつけてください」


教室が少しざわついた。


悠真は窓の外を見る。


北口。


本屋がある側だった。



ホームルームが終わる。


スマホを見ると、澪からメッセージが来ていた。


『先生のところ長くなりそう』


続けて、


『今日、本屋やめよ』


悠真は、


『了解』


と返した。



鞄を持って教室を出る。


本屋には行かない。


待ち合わせもなくなった。


そのまま帰ればいい。



昇降口を出たところで、颯太に呼び止められた。


「悠真、駅まで行く?」


「行く」


「北口混んでるらしいから、商店街の方から行こうぜ」


「俺もそうしようと思ってた」


二人でいつもとは違う道へ向かった。





商店街の途中で、颯太が足を止めた。


「あ」


「何」


「母親に頼まれてた」


「何を」


「クリーニング」


颯太がスマホを見る。


「今日までなんだよ」


「行けば」


「駅と逆なんだよな」


「じゃあここで」


「一緒に来て」


「なんで」


「一人だと忘れそう」


「もう思い出してるじゃん」


「帰りにまた忘れる可能性あるだろ」


悠真は颯太を見る。


「俺、帰るよ」


「冷た」


「明日な」


颯太は手を上げ、来た道を引き返した。



悠真は一人で駅へ向かう。


北口を避け、そのまま商店街を抜けて南口へ回った。


途中の横断歩道で信号に止められる。


青になる。


渡る。



駅の南口が見えたところで、足が止まった。


人が溢れている。


駅員が声を上げていた。


「現在、南口は大変混雑しております。北口もご利用ください」



悠真はスマホを見る。


四時五十二分。



少し待った。


人は減らない。


ここで立っていても仕方がない。


悠真は駅舎沿いの通路を歩き、北口へ回った。



北口へ出る。


思っていたほど混んではいなかった。


事故の処理が終わったのかもしれない。


そのまま改札へ向かおうとして、足を止める。



人の向こうに、澪がいた。



澪もこちらに気づいた。



二人とも、その場で止まった。



澪が先に近づいてくる。


「……なんでいるの?」


「俺も聞きたい」


「北口、避けたんじゃないの?」


「避けたよ。南口が混んでて、こっち回ってきた」


澪が目を瞬く。


「私、逆」


「逆?」


「北口が混んでたから、南口から入ろうとしたの。そしたら向こうもすごくて」


「それで戻ってきた?」


「うん」


悠真は駅の方を見る。


「先生のところは?」


「思ったより早く終わった。でも本屋やめるって送ったでしょ」


「見た」


「だから普通に帰ろうとしてた」


「俺も」



澪の視線が、悠真の後ろへ動く。



悠真も振り返った。



本屋の入口があった。


その前に、大きな時計が立っている。



長い針が、真上を向いた。



短い針は、五。



澪が時計を見る。



「……五時」



悠真もスマホを出した。



17:00。



「本屋、やめたよね」


「うん」


「待ち合わせも」


「うん」



澪はもう一度、時計を見上げた。


それから悠真を見る。



「運命だね」



悠真は澪を見る。


澪が吹き出した。


「なにその顔」


「いや」


「すごくない?」


「まあ、これはちょっとすごい」


「でしょ?」


「五時ちょうどはな」


「ほら。運命じゃん」


「そこまでは言ってない」


「でも今、ちょっと思ったでしょ」


「思ってない」


「絶対思った」


澪が笑う。


悠真も、もう一度時計を見た。



五時。



「じゃあ本屋行く?」


澪が言う。


「やめたんじゃなかったの」


「ここまで来たし」


「運命で?」


「そう。運命で」


「便利だな」


「せっかくだから乗っとこうよ」


悠真は本屋の入口を見る。


「まあ、いいけど」


「決まり」



結局、二人は本屋に入った。





澪は写真集を二冊手に取った。


一冊ずつ中を見て、最初の一冊に戻る。


悠真は隣の棚にあった文庫本を手に取った。


「ねえ」


「何」


「今日、ここに来ることになってたのかもね」


悠真は本から顔を上げる。


「まだ言ってる」


「だって、二人とも違う方から回ってきたんだよ」


「事故があったからだろ」


「それ込みで」


「それ込みにしたら何でもありじゃん」


澪が笑う。


「運命ってそういうもんじゃない?」


「知らないよ」


「私も知らない」


澪は写真集のページをめくった。



しばらくして、二人で本屋を出る。


澪は結局、写真集を一冊買った。


駅へ向かいながら、紙袋の中を覗いている。


「そんなに気に入った?」


「うん」


「運命の一冊?」


「それは違う」


「そこは違うんだ」


「本は自分で選んだし」


澪はそう言ってから、笑った。



改札の前まで来る。


澪が歩きながら言った。


「でも、こういうのちょっと好き」


「何が?」


「今日みたいなの」


悠真は澪を見る。


「偶然?」


「うん」


澪は前を向いた。


「二人だけ分かる感じするから」



悠真も前を向く。



嫌ではなかった。



二人で改札を通る。


ホームへ向かう階段の途中で、悠真はスマホを見る。



17:26。



画面を消して、ポケットに戻した。

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