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第19話 約束

翌日の放課後。


文化祭の準備は、昨日より少しだけ落ち着いていた。


悠真は窓際の机で、輪投げ用の得点表をまとめている。


向かいでは、澪が余った色紙を箱に戻していた。


「悠真」


「何」


「明日、準備終わったらちょっと休んで帰らない?」


「どこで」


澪が廊下の方を見る。


教室を出て少し行ったところに、自動販売機がある。


「自販機」


「学校で休憩するの?」


「帰る前に」


「まあいいけど」


澪が箱の蓋を閉じる。


「私、ミルクティーにする」


「もう決めてるの」


「悠真は?」


「コーヒーかな」


「じゃあ明日、準備終わったら二人で飲み物買って、外のベンチで飲もうよ」


校舎の裏手には、小さなベンチがある。


部活帰りの生徒がたまに座っている場所だった。


悠真はそちらを見る。


「空いてたらね」


「空いてるよ」


「なんで分かるの」


「願い」


「雑」


澪が笑う。


「じゃあ約束」


「その程度で?」


「その程度だから」


「よく分かんない」


「いいから」


澪が小指を出す。


悠真はその手を見る。


「またやるの?」


「分かりやすいでしょ」


「何が」


「約束したって」


悠真はため息をついて、小指を絡めた。


「明日、準備終わったら」


「二人で自販機」


「俺がコーヒー」


「私がミルクティー」


「外のベンチ」


澪が笑う。


「約束」


「はいはい」





翌日の放課後。


文化祭の準備は、予定より長引いた。


輪投げの台の一つが壊れた。


飾り付けのテープが足りなくなった。


倉庫と教室を何度も往復した。


六時前になって、ようやく片づけが始まる。


悠真が段ボールを重ねていると、澪が近づいてきた。


「悠真」


「何」


「今日、無理かも」


悠真は手を止める。


「どうしたの」


「真帆と委員会の方、手伝うことになった」


「今から?」


「うん。先生に頼まれたって」


澪が教室の時計を見る。


「結構かかるかも」


昨日の約束を思い出す。


自販機。


コーヒー。


ミルクティー。


外のベンチ。


「じゃあ今日はなしでいいんじゃない」


澪も頷く。


「うん。また今度」


「分かった」


「ごめんね」


「別に」


澪は真帆と一緒に教室を出ていった。



昨日の約束は、それでなくなった。





六時二十分。


悠真は一人で倉庫へ向かっていた。


片づけの最後に、


「これ返してきて」


と延長コードを渡されたからだ。


倉庫は校舎の裏側にある。


返却を終えて、廊下へ戻る。


喉が渇いていた。


少し先に、自動販売機が見える。


悠真は財布を出した。


昨日のことが頭に浮かぶ。


だからといって、買わずに帰る理由もない。


コーヒーのボタンを押す。


缶が落ちる。



取り出したところで、


「悠真?」


後ろから声がした。



振り向く。



澪が立っていた。



手には、ミルクティーのペットボトル。



悠真はそれを見る。


澪も、悠真の手にある缶を見る。



「……コーヒー」


「そっちはミルクティー」


「うん」


「委員会は?」


「終わった」


「早かったんだ」


「真帆が先生に呼ばれて、そのまま残ることになって。私は先に戻っていいって」


「それでこっち?」


「近いから。あと喉渇いて」


澪は自動販売機を見る。


「普通に買っただけ」


「俺も」



二人とも黙る。



澪が校舎の外を見る。



「ベンチ」


悠真も見る。



校舎裏のベンチには、誰も座っていなかった。



澪が悠真を見る。


「……座る?」


「まあ、飲み物買ったし」


二人で外へ出た。



ベンチに座る。



悠真は缶のプルタブを起こす。


隣で、澪がミルクティーの蓋を開けた。



澪はすぐには飲まなかった。



自分のペットボトルを見る。



それから、悠真の缶を見る。



「どうしたの」


「……待って」



澪が悠真のコーヒーを指す。



「悠真、コーヒーだよね」


「うん」


「私、ミルクティー」


「そうだけど」



澪がベンチを見る。



悠真も周りを見る。



昨日。


準備が終わったあと。


二人で自動販売機へ行く。


悠真はコーヒー。


澪はミルクティー。


そのまま外のベンチに座る。



「……昨日言ってたやつか」


「うん」



澪が悠真を見る。



「でも今日、なしにしたよね」


「した」


「私、委員会行ったし」


「うん」


「悠真も待ってなかったよね」


「待ってない」



それでも。



二人ともここにいる。



澪がしばらく黙る。



「四時半もそうだった」



悠真は澪を見る。



「一回、無理になったのに」


駅前のコンビニ。


四時半。


澪は別のアイス。


悠真はモナカ。


同じベンチ。



「結局、あの日もそうなった」



悠真は何も言わない。



澪が続ける。



「五時も」



時計の下。



本屋はやめた。


待ち合わせもなくなった。



それでも、五時ちょうどに二人ともそこにいた。



澪が自分のミルクティーを見る。



「今日も同じ」



悠真は手の中の缶を見る。



「全部、一回なしになってる」



「うん」



「なのに最後は、最初に決めた通りになってる」



澪の声から、さっきまでの軽さが消えていた。



悠真はすぐには答えなかった。



四時半。



五時。



今日。



思い返す。



どれも途中で一度、予定がなくなった。



それでも最後には、同じ場所へ戻っている。



澪が言う。



「予定が変わっても、関係ないのかな」



「何が」



「一回、約束したら」



悠真は顔を上げる。



澪は笑っていなかった。



「約束したことって、そのあとなしにしても残るとか」



悠真は否定しようとした。



でも、すぐには言葉が出なかった。



澪も何も言わない。



悠真はもう一度、過去のことを思い返す。



四時半。



五時。



今日。



「……約束が残ってるってこと?」



悠真が言う。



澪はベンチの前を見たまま答える。



「分かんない」



それから、少しだけ笑った。



「でも、そう考えたら全部同じじゃない?」



悠真は缶を見下ろす。



今度は、否定できなかった。



澪がミルクティーを一口飲む。



「じゃあさ」



「何」



「私たち、約束したら本当にそうなるのかもね」



さっきより、少し楽しそうな声だった。



悠真も笑う。



「そんなことある?」



「今まであるじゃん」



「三回だけだろ」



「三回も、でしょ」



澪はミルクティーを膝の上に置く。



「じゃあ、これから分かるよ」



「どうやって」



澪が悠真を見る。



「また約束すればいいじゃん」



悠真はコーヒーを一口飲んだ。



苦かった。

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