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第14話 花火

七月も終わりに近づいた土曜日。


駅前は、いつもより人が多かった。


浴衣姿の人も目立つ。


改札を出たところで、澪が悠真を見つけて手を上げた。


「佐倉」


「お待たせ」


「三分遅刻」


「電車一本遅れた」


「三分なら許す」


「基準あるんだ」


澪は白いシャツに、薄い色のスカートだった。


悠真が一度見ていると、澪が気づく。


「何?」


「浴衣じゃないんだと思って」


「着てほしかった?」


「そういう意味じゃない」


澪も周りを見る。


「確かに多いね」


それから悠真へ視線を戻す。


「佐倉も甚平じゃない」


「着ないよ」


「ちょっと見たかった」


「なんで」


「似合わなそうだから」


「見世物じゃん」


澪が笑った。





会場までは駅から十五分ほどだった。


途中から人の流れが一方向になり、道沿いに屋台が増えていく。


澪が店を見ながら言った。


「何食べる?」


「もう?」


「混む前に決めないと」


「じゃあ焼きそば」


「普通」


「祭りに何を求めてるの」


澪はりんご飴の屋台を指した。


「私はあれ」


「最後まで食べられる?」


「そこ?」


「途中で飽きそう」


「失礼だな」


十分後。


澪がりんご飴を差し出した。


「ちょっと食べる?」


悠真はりんご飴を見る。


「もう飽きた?」


「飽きてない。共有」


「便利な言葉使うな」


一口だけもらった。



河川敷に着く頃には、かなり人が増えていた。


二人で空いている場所を探す。


澪が前を見て、少し背伸びした。


「見えるかな」


悠真も視線を上げる。


目の前に背の高い男が立っていた。


「少し横行く?」


二人で数メートル移動する。


今度は木の枝が、少しだけ空にかかっている。


澪が見上げた。


「微妙」


「さっきよりはいい」


「もう少し早く来ればよかったかな」


悠真も周りを見る。


「来年も来るなら、早めに来ればいいんじゃない」


澪がこちらを向いた。


「来年も来る?」


悠真は一瞬止まる。


「まだ今年の花火も始まってないけど」


「確かに」


澪が笑った。


「気が早かった」


それ以上、来年の話は続かなかった。


辺りの照明が少し落ちる。


人の声がざわついた。


澪が空を見上げる。


「始まる」


悠真も顔を上げた。



最初の花火が上がった。



少し遅れて、音が届く。


青。


次は赤。


大きな花火が開くたび、周りから声が上がった。


前の人の頭で下の方は見えない。


木の枝も少し邪魔だった。


それでも澪はずっと空を見ていた。



途中で一度だけ、悠真は隣を見る。



花火が上がるたび、澪の横顔が明るくなって、また暗くなる。



すぐに空へ視線を戻した。





最後の花火が終わる。


拍手と歓声のあと、一斉に人が動き始めた。


悠真も立ち上がりかけて、やめる。


「今帰るとやばそう」


澪が人の流れを見る。


「待つ?」


「少し」


「賛成」


二人はそのまま河川敷に残った。



十分ほどすると、人はかなり減った。


さっきまで花火が上がっていた空には、薄い煙だけが残っている。


澪が膝を抱えた。


「終わると急に普通だね」


「花火ないからな」


澪が横を見る。


「そういう意味じゃない」


「分かってる」


「じゃあ言わなくていいじゃん」


悠真は笑った。



澪が空を見る。


「でも楽しかった」


「うん」


「佐倉は?」


「楽しかったよ」


澪が少し間を置く。


「花火が?」


水族館でも似たことを聞かれた。


「またそれ?」


「確認」


悠真は少し考える。


「花火も」


「も?」


「今日は全部」


澪が黙った。


やがて、前を向く。


「……そっか」


それだけ言って、少し笑った。





人が減ったところで、二人は駅へ向かった。


歩いている途中、澪の手が悠真の手に触れる。


一度離れる。


今度は悠真から手をつないだ。


澪は何も言わなかった。



駅へ続く道は、さっきまでより静かだった。


しばらく歩いたところで、澪が足を止める。


「佐倉」


呼ばれて、悠真も止まった。


「何」


澪は悠真を見上げる。


「顔、近い」


悠真も気づく。


手をつないだまま向き合ったせいで、いつもより距離が近かった。


「高梨が止まったからだろ」


「佐倉も止まったじゃん」


「呼ばれたから」


「そうだけど」


澪は動かなかった。


悠真も動かなかった。



花火の音は、もう聞こえない。



悠真は澪を見る。


澪もこちらを見ている。



少しだけ顔を近づける。


途中で一度止まった。


澪は離れなかった。


悠真は、もう少しだけ近づいた。



短く、唇が触れた。



離れる。


澪が一度瞬きをした。


「佐倉からだった」


「そこ確認する?」


「だって佐倉、こういう時いつも一回止まるから」


悠真は、さっき途中で止まったことを思い出す。


「止まっただろ」


澪が笑った。


「でも来た」


悠真は何も返せなかった。



二人はまた駅へ向かって歩き始める。


少しして、澪が口を開いた。


「ねえ」


「何」


「付き合ってるのに、いつまで高梨?」


悠真は隣を見る。


「高梨も佐倉って呼んでるだろ」


「じゃあ私から変える」


澪は悠真の方を向いた。


「悠真」


悠真の足が一瞬止まりかける。


澪が気づく。


「また止まった」


「今のは仕方ないだろ」


「何が?」


「急に変えるから」


「じゃあ戻す?」


「いや」


悠真は少し迷った。


「……澪」


今度は澪が黙った。


数歩歩く。


悠真が横を見る。


「何」


「別に」


澪は前を向いたまま、少し笑っていた。



つないだ手は、駅まで離れなかった。

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