成功
翌日に行われた合同訓練。訓練場には昨日と同じ、いや、昨日以上に冷ややかな空気が漂っていた。
他校の隊員たちがこちらを横目に見ながら、「今日は何秒で自爆するかな」と小声で笑い合っている。
「……山上、準備はいいか」
教官席に座る技術官の声は、昨日にも増して厳しい。
私は無言で頷き、二本目の予備用ノーマル・ギアを手に取った。ずっしりと重い金属の感触。昨日までの私は、この重さに負け、この中から溢れ出す力に振り回されるだけだった。
(……ブレーキと、自分の音)
私はゆっくりと目を閉じる。、
周囲の話し声、空調の唸り、遠くで響く他校の訓練音。それらをすべて意識の隅へ追いやり、自分の胸の音だけに集中する。
トクン、トクン、と。
高鳴る鼓動の裏側に、潜むようにして存在している「黄金の歯車」。
(……おはよう。今日は、暴れないでね)
心の中で語りかけながら、私はギアのスイッチを入れた。
――カチリ。
直後、昨日と同じ濁流のようなエネルギーが全身を駆け巡る。
視界が白く染まりかけ、胸の歯車が狂ったように回転数を上げようとする。いつもなら、ここでパニックになり、力任せに歯車を抑え込もうとして爆発させていた。
でも、今日は違う!
(――今だ)
私は如月先輩の言葉を思い出した。
力で抑えるんじゃない。「隙間」を作るんだ。
私は意識して、暴発しそうなエネルギーの一部を、ギアの冷却排気口へと逃がすイメージを持った。
――キィィィィィィィン……。
昨日とは違う、澄んだ高周波音が訓練室に響く。
ギアは真っ赤に熱を帯びてはいるが、まだ自壊はしていない。
「出力……が三パーセントで安定!? そんな馬鹿な、昨日の今日でもう制御を覚えたのか?」
教官の声が、驚愕に震える。
けれど、本当の戦いはここからだった。
「……五秒……六秒……七秒……」
教官が秒数をカウントする。昨日、私が限界を迎えた「死の七秒」。
腕が熱い。全身の毛穴から嫌な汗が吹き出し、意識が遠のきそうになる。苦しい。
(……置いていかないで。……いや、そうじゃない! )
私は、麻奈の言葉を思い出す。
誰かの背中を追うために回すわけじゃない。この歯車を、私の一部として認めてあげるんだ。
(……一緒に、回ろう)
八秒。
昨日、辿り着けなかったその一秒を超えた瞬間、不思議な感覚が私を包んでいった。
騒がしかった世界が、ふっと消えた。
自分と、ギアと、黄金の歯車だけが一つになった、完全な静寂。
暴走していた力は、私の腕を穏やかな光で、優しく包み込んでいた。
「……九、十……十五……二十秒突破!」
始まる前まで私を冷笑していた観客席は、驚愕のざわめきに包まれる。
他校の生徒たちが立ち上がり、信じられないものを見ているかのように誰もが目を見開いていた。
「……二十八、二十九……三十秒! 停止しろ、山上!」
教官の叫びと同時に、私はギアの出力をカットした。
――プしゅぅ……。
ギアから白い蒸気が上がり、私の身体から力が抜けていく。
私は、地面に崩れ落ちそうになるのを、必死で踏みとどまった。昨日とは違う。身体は空っぽだけど、心地よい「使い切った感覚」があった。
「継続時間、三十秒ジャスト。……不合格ではない。合格だ」
技術官の言葉に、私はようやく顔を上げた。
その瞬間訓練場が歓声に包まれた。
自分に驚いている人、自分を恐れ始めた人、自分を尊敬し始めた人、たくさんの人が同時に歓声をあげる。
遠くで、如月先輩が驚いているようにも見えたが少しだけ満足そうに眼鏡を指で押し上げ、麻奈が拳を握って小さくガッツポーズをしているのが見えた。
そして、その隣。
透斗が、どこか遠くを見るような瞳で、けれど誇らしそうに私を見つめていた。
(……やっと、一歩だけ進めたよ)
けれど、そんな喜びを打ち消すように、訓練場に不吉な赤い回転灯が灯り、サイレンが鳴り響いた。
『緊急警報。綱島第三地区にワットの反応。――全校、スーパー以上の隊員は直ちに出撃せよ!』
私の、本当の「地獄の訓練」が始まる前に、本物の戦場が向こうからやってきた。
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