初陣
鳴り止まない警告灯と、鼓膜を直接揺らすようなサイレン。
『成功』したという余韻に浸る時間は、一秒も残されていなかった。
「山上、お前は待機だ! 訓練はパスしたが、実戦は別物だからな! 」
背後で技術官の怒鳴り声が響いたが、私は振り返るわけがなかった。今の私を動かしているのは、脳の命令ではない。胸の奥で、かつてないほど静かに、けれど力強く回転を始めた黄金の歯車の衝動だ。
「……渚、本当に行くのね? 」
「……うん。置いていかれたくないから。……麻奈たちの隣にいたいから」
装備を整えた麻奈が、私の瞳を覗き込んで短く頷く。その隣で、透斗も覚悟を決めたように双剣を腰に差し直す。
支部のゲート前。そこには、すでに出撃準備を終えていたた一人の少女が立っていた。
「……遅い。透斗、麻奈。何してたのよ」
無造作に束ねた髪に、猛禽類のような鋭い眼差し。彼女の手には、自身の背丈ほどもある、巨大で無骨な狙撃用ギアが握られていた。私たちの学校の制服ではない、他校のブレザーにタクティカルベストを羽織ったその姿は、あまりに戦場に馴染みすぎていた。
「悪りぃ実羽、こっちも色々あったんだよ。……渚、こいつは実羽だ。俺たちの幼なじみで、最高の射手だ」
透斗の言葉に、私は息を呑んだ。幼なじみ。私が出会うよりもずっと前から、この三人は同じ世界を見て、同じ地獄を潜り抜けてきたのだ。
「……ふぅん。あんたが、例の『適性S』ね。足、引っ張らないでね」
実羽の瞳は冷ややかで、どこか突き放すような響きがあった。挨拶もそこそこに、彼女は狙撃ポイントを確保するために、一人で夜のビル群へと駆け上がっていく。その背中に向かって、透斗と麻奈は何も言わず、ただ信頼しきった目で見送った。
私には、まだ到底入り込めない場所。
三人の間に流れる、言葉を必要としないほどの強い絆が、今の私には一番眩しくて、痛かった。
私たちは支部のハッチを抜け、綱島の地上へと飛び出した。
数分前まで平和だったはずの街は、一変していた。空に穿たれた巨大な亀裂から、黒い粒子が灰のように降り注いでいる。逃げ惑う人々の叫び声と、コンクリートが砕ける音。すこしまえにテレビの向こう側で見ていた地獄が、今、私の目の前にあった。
「……私、ここで射線を確保する。あんたたちは予定通り、中心部を叩いて」
ビルの屋上へ跳び移った実羽から、通信が入る。彼女のギアがカチリと音を立てて展開し、銃口がワットの気配を捉える。
「了解。――渚、しっかりついてこいよ! 」
実羽と別れ、私たちはさらに激戦区へと踏み込む。瓦礫の山を飛び越えた先、黒いスーツの異形――ワットが三体、こちらを待ち構えていた。
(――くる)
ワットが黒い刃を振り上げ、目にも止まらぬ速さで突き進んでくる。
私は、まだ剣の振り方さえ知らない。右手にあるのは、いつ壊れてもおかしくない訓練用のノーマル・ギア。
けれど、恐怖で足がすくむことは全くといってもいいほどなかった。
目の前で黄金の閃光を放ち、地を蹴る麻奈と透斗の背中。その光が、私のなかの暗闇を焼き払ってくれる気がした。
「ハァッ!! 」
麻奈の大剣が空気を切り裂き、一体のワットを吹き飛ばす。透斗の双剣が残像を残し、もう一体の機動力を奪う。
そして。残る一体の矛先が、最後尾にいる私に向けられた。
「……三十秒。……いや、今の私ならもっといける」
私は、震える手でギアの出力を全開にした。如月先輩に教わった『ブレーキ』を、今はあえて踏まない。麻奈に教わった『心』のままに、ただ、この荒ぶる歯車を戦場へと解放していく。
「……あああああああああ! 」
不完全な適合者の、本当の戦いが始まった。




