意識を持つ影
爆音と火花が、いつもは静かな綱島の夜を切り裂いていた。
目の前で繰り広げられているのは、訓練場でのシミュレーションとは比較にならないほど冷たく、鋭い死闘だ。透斗の双剣が青白い軌跡を描き、ワットの懐に滑り込む。麻奈の大剣が重低音を響かせ、敵のガードごとアスファルトを粉砕する。
(……速い。追えない……っ)
私は、ただノーマル・ギアのグリップを握りしめて立ち尽くしていた。
二人の動きには、一分の無駄もない。そこへ、ビルの屋上から実羽の狙撃が「ここしかない」というタイミングで突き刺さる。
幼なじみ三人の間に流れる、言葉を超えた連携。それは、昨日今日で作り上げられたものではない、今までに積み重ねられた「時間」そのものだった。
「……あ、れ」
ふと、異変に気づいた。
麻奈に吹き飛ばされたはずの最後の一体。そいつは、これまでの個体のようにすぐに霧となって消えることはなかった。
ゆらり、と。
折れたはずの膝を戻し、そのワットは立ち上がった。黒いスーツのような皮膚が波打ち、顔に相当する滑らかな平面に、不気味な「歪み」が生じる。
『……ミツケタ。……適性ランク、S……』
それは、ノイズを無理やりかき集めたような、卑屈で冷たい声だった。
「しゃべった……!?」
透斗の驚愕の声が響く。ストロントの資料にさえ稀にしかといっていいほど記されない「意志を持つ個体」。
そのワットは、目の前にいるハイパーの二人には目もくれず、真っ直ぐに私を――最後尾で震えている私だけを見つめていた。
「渚、逃げて!!」
麻奈が叫ぶ。けれど、ワットの動きはそれよりも速かった。
影が伸びるようなものすごい速度で、ワットの腕が鋭い黒刃へと変貌し、私の喉元へと迫る。
(――死ぬ)
本能がそう告げた瞬間、私の視界からすべての色が消えた。
周囲の音がスローモーションになり、私の胸の奥で眠っていた『黄金の歯車』が、怒り狂ったように逆回転を始める。
(……逃がさない。……絶対に置いていかせない!!)
私は、如月先輩に教わった『ブレーキ』を、意識の底で完全に粉砕した。
抑えるな。逃がすな。
剣の振り方なんて知らない。私はただ、この暴走する全エネルギーを、大切な親友を害する目の前の不気味な「影」にぶつけることだけを考えた。
「……あああああああああああ!!」
ドォォォォォォォォォォン!!
私の手元から、視界を焼き切るような真っ白な閃光が爆発した。
それはもはや剣の一撃ではない。ただの、純粋で暴力的な「熱」と「衝撃」の塊。
白銀の光は扇状に広がり、迫っていたワットを、そして背後の廃ビルの一部ごと、跡形もなく飲み込んだ。
適性Sという規格外の出力が、ボロボロの訓練用ギアを媒介にして、世界を白く染め上げる。
「……っ、は、はぁ……っ!!」
光が収まったとき、そこには焦げた地面と、熱で歪んだ大気しか残っていなかった。
意志を持っていたはずの影は、断末魔さえ残さず消滅していた。
カチ、カチ、カチ……。
虚しく空回りする歯車の音。
一気に体温が奪われ、膝から崩れ落ちそうになる。
けれど、倒れる寸前。
ビルの屋上でスコープを覗いていたはずの実羽が、信じられないものを見るような瞳で私を凝視しているのが、通信越しに伝わってきた。
「……今の、何よ。……ありえないわ、あんな出力」
呆然とする三人の中で、私はただ、熱でドロドロに溶けたギアの残骸を見つめていた。
成功したのかはわからない。ただ、私は初めて、自分の力で「あちら側」の存在を退けたのだ。
私は少し誇らしい気分になっていた、その時は。いや、その時までは。




