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2つの助言、1つの希望

 夜9時の第一訓練場。


 夕方の喧騒が嘘のように静まり返ったその場所で、私は一人、冷たい床に座り込んでいた。鼻を突くのは、自爆したノーマル・ギアが発した焦げたようなオイルの匂いだ。


(……やっぱり、私には無理なのかな、どうしたら......、透斗や麻奈のように自分の力を操れるようになるんだろう? )


 膝の上に置いた右手が、まだ微かに痺れている。


 たった七秒。世界最高の『適性S』という評価をもらっていながら、私はまともにギアを起動させることすらできなかった。周囲の隊員の冷笑や、他校の生徒たちの失望したような視線が、暗闇の中から何度も蘇ってくる。


 (くやしい、でも私にはもう......)


 その時、規則正しいヒールの音が、静寂を切り裂いて近づいてきた。


「――いつまでそうしているの。時間の無駄よ、山上さん」


 振り返ると、図書委員の如月先輩が、タブレット端末を片手に立っていた。眼鏡の奥にある瞳は、夜の闇よりも冷たく、鋭い。


「如月、先輩……」


「あなたの昨日の出力グラフを見たわ。最悪ね」


 如月先輩は私の隣まで来ると、空中にホログラムのグラフを表示させた。


「あなたは『回そう』としすぎなのよ。適性Sのエンジンは、あなたが何もしなくても勝手に回る。それなのにあなたは必死に加速アクセルを踏み込み、無理やり歯車を回そうとしている。……だから一瞬で焼き付くのよ」


 彼女は細い指で、グラフの一箇所を指差した。


「あなたに必要なのは加速じゃない。精密な『ブレーキ』よ。暴走するエネルギーを力で押さえつけるのではなく、その熱を逃がすための隙間あそびを作りなさい。……今のままじゃ、明日には本当に壊れるわよ。ギアじゃなく、あなたの身体がね」


 それだけ言うと、先輩は一度もこちらを振り返らずに去っていった。冷淡な言葉。けれど、そこにはデータに基づいた確かな『生存への道標』があった。


 一人残された私は、自分の内側にある「歯車」をイメージしてみた。

 回そうとするのではなく、なだめる。暴れる力を、外へ逃がす……。


りんさん、相変わらず厳しいね」


 不意に、反対側から柔らかい声がした。

 麻奈だった。彼女はまだ戦闘用のアンダースーツのままで、自分の愛機である重厚な大剣のギアを肩に担いでいた。


「麻奈……。見てたの?」


「少しだけね。……渚、凛さんの言うことは正しいわ。でも、技術テクニックだけじゃ、ギアは微笑んでくれない」


 麻奈は私の隣に腰を下ろし、優しく私の手を包み込んだ。


「ギアは、私たちの『願い』にも反応するものなの。だからさ、あなたが『置いていかれたくない』と強く思えば思うほど、ギアはそれに応えようとして、あなたの想いの分だけ力は暴走しちゃうんだと思う」


 麻奈の温かい手のひらから、不思議な安らぎが伝わってくる。


「一度、二人(わたしたち)の隣に立つことを忘れてみて。……ただ、自分の胸の音だけを聞くの。あいつら(ワット)を倒すためじゃなく、自分自身の歯車と仲良くなるためにね」


 如月先輩の「精密なブレーキ」という技術的な助言。


 麻奈の「自分自身と向き合う」という心の助言。


 対照的な二人の言葉が、私の空っぽだった胸の中に、すとんと落ち着いてきた。

 

「……ブレーキと、自分の音」


 私はゆっくりと立ち上がった。

 まだ手は震えているし、足は重い。

 けれど、私はもう一度、予備の訓練用ギアが並ぶラックへと歩き出した。


(――七秒の壁を、絶対に超えたい、力を操れるようになりたい! )


 今度は誰のためでもない。

 私の中にいる、この身勝手で愛おしい「黄金の歯車」の本当の姿を、私自身が知るために。


「麻奈、ありがとう。私は頑張るよ。いつかこの歯車を制御できるようになる」


「うん、頑張って」


 麻奈は満足そうに笑って返事した。


 そして、私は暗闇の中で、再びギアのグリップに手を伸ばした。

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