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擬態する日常、訓練開始


 学校のチャイムが鳴り響き、放課後の喧騒が教室を満たしていく。


 いつもなら、この音は「自由」の合図だった。そして、私はいつもそれを楽しみに待っていた。けれど、今の私にとっては、地下の深淵へ向かうための「呼び出しの鐘」にしか聞こえない。


 体中の節々が悲鳴を上げていた。

 昨夜浴びた「適性S」のエネルギー残滓は、今も私の身体を内側から焼き続けている。


(……痛い。でも、バレちゃいけないんだ)


 制服の袖で腕の傷を隠しながら、私は教室を出ようとした。その前を、前の席の佐伯くんが横切る。


「……山上。昨日の失態、今日も繰り返したら、俺がお前のギアを叩き折るからな」


 すれ違いざまの低い声。それはクラスメイトとしてではなく、ストロントの『スーパー隊員』としての冷徹な警告だった。


 私は息を呑み、周囲を見渡した。


 図書室へ向かう如月先輩の無駄のない歩法。グラウンドで豪速球を投げる我妻先輩の異常なほど安定した重心。そして、隣のクラスの小鳥遊さんの指先に染み付いた、ギアのオイル?の匂い。


 私が「退屈だ」と切り捨てていたこの学校には、あちら側の人間がこんなにもたくさん潜んでいた。


 いや、この学校だけじゃない。


 すれ違う他校の制服を着た生徒たち、街を歩く同年代の少年少女たち。その多くが、ストロントの『ノーマル』や『スーパー』として、この綱島、いや日本中で日常の下で擬態しているのだ。


「……気づいちゃった?」


 背後から、園芸部の小鳥遊さんが囁いた。


「私たちは、世界中でこうして平和を演じてる。横浜だけじゃない、ロンドンもニューヨークも、すべての支部の隊員がね。……山上さん。適性Sのあんたに、その痛みを耐えながらの『演技』、いつまで続けられるかな」


 彼女の冷たい視線が、私の胸の奥にある黄金の歯車を締め付けていく。


 私は、透斗や麻奈に連れられ、綱島駅徒歩数分の雑居ビル地下へと向かった。


 重厚なハッチが開いた先には、世界規模の巨大組織『ストロント』横浜支部の心臓部が広がっていた。

 そこには、私の学校だけではない、横浜中の、そして神奈川県内からも集められた他校の隊員たちが溢れかえっている。


「……あいつか。適性Sの、空っぽの器ってのは」


 すれ違う他校のエリートたちの、刺すような視線。

 期待、嫉妬、そして蔑み。


 世界中の支部へ同時配信されるという、適性Sの「初訓練」。


 私は、支給されたばかりの無機質な灰色のノーマル・ギアを強く握りしめた。


「渚、準備はいいか」


 隣に立つ透斗の声には、もう今までの甘さは既にない。

 最高位『ハイパー隊員』としての、鋭く冷たい殺気。


「今日から、お前の特別扱いは終わりだ。……死ぬ気で回せよ、その歯車」


 私は深く息を吐き、頷いた。

 日常という殻を脱ぎ捨て、私は地下の深淵へと一歩を踏み出した。


(――見てて。私、絶対に止まらないから)


 胸の奥で、黄金の歯車が獲物を待つ獣のように、低く唸りを上げた。


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