燃費
「……燃費が、悪い? 」
私がベッドの上で首を傾げると、白衣を着たストロントの技術官は、無機質なタブレットの画面を指で叩く。
「悪いなんてもんじゃない。君の適性ランクSという『エンジン』は、現状、この防衛組織でもトップクラスの出力を叩き出している。なのに、肝心の君自身の制御が、素人以下、いや未満だ」
技術官の言葉は、氷のように冷たく響く。
「超高性能なレーシングカーのアクセルを、素人が目一杯踏み込んで、一秒でエンジンを焼き付かせた……今の君は、そんな状態だ。あの一撃で、君の体内のエネルギー貯蔵庫は、文字通り『空っぽ』になったんだよ」
隣で聞いていた麻奈が、私の肩をかばうように前に出た。
「……それは、渚がまだ慣れてないだけだろ。最初から完璧に回せる奴なんているわけないよ」
「その通りだ。だからこそ、君には選択肢がある」
技術官は私をまっすぐに見つめた。
「このままギアを捨てて、記憶を消して日常に帰るか。それとも、その巨大な出力を飼い慣らすための『回し方』を、死ぬ気で覚えるかだ」
一瞬、部屋が静まり返る。
日常。
テストの結果に一喜一憂して、放課後にアイスを食べて、笑い合っていたあの時間。
それを選べば、もう二度と、こんな怖い思いをすることはない。あんな冷たい金属を握ることも、体中が焼き切れるような熱に襲われることもない。
(でも……)
私は、自分の右手のひらを見つめる。
まだ微かに残る、あのギアの重み。あの瞬間、確かに私は、透斗と麻奈の背中に届いた気がしたんだ。
「……今は、30秒ももたないかもしれない。でも、上手くなれば……もっと長く、回せるようになるんですか?」
私の問いに、技術官は少しだけ意外そうに眉を上げた。
「理論上はな。エネルギーのロスを減らし、身体という器を鍛えれば、時間はいくらでも延びる。……もっとも、君のようなじゃじゃ馬な出力を乗りこなせる人間がいればの話だが」
私は、透斗の顔を見た。
透斗は、ひどく複雑そうな顔をしていたけど、最後には諦めたかのように小さく笑ってくれていた。
「……渚がそう決めたんなら、俺は止めねえよ。でも、ストロントの訓練は学校の部活より百倍キツイからな」
「うん。……私、回したい。ちゃんと回して、今度は気絶しないで、二人の隣で笑いたいから」
胸の奥で、小さな、けれども確かな感触はあった。
あの一瞬、ほんの少しだけ目覚めた黄金の歯車。
今はまだ、回し方も知らないし、すぐに止まってしまう。
けれど、いつか。
この歯車を、誰よりも力強く、誰よりも長く回し続けたい。
「……山上渚。訓練生としての登録を完了した。明日から、君の『地獄』を始めよう」
技術官が去った後の静かな医務室で。
私は、もう一度だけ、強く拳を握りしめるのだった。




