透斗の思い(透斗視点)
白いシーツに沈んだ渚の指先は、まだ微かに震えていた。
『ストロント横浜支部』の地下、防衛組織『ストロント』の医務室。
外の喧騒が一切届かないこの静かな部屋で、俺――透斗は、パイプ椅子に座って、その震えが止まるのをずっと眺めていた。
「……ほんと、無茶しすぎなんだよ、お前は」
独り言は、規則的な心拍を刻む電子音にかき消される。
渚の腕に巻かれた包帯が痛々しい。俺たちがもっと早くワットを片付けていれば。俺がもっと、あいつを安心させてやれていれば。
こんな、握るだけで持ち主を削るような『ギア』なんて、触らせずに済んだはずなのに。
「……起きた?」
背後から、低く抑えられた声がした。
麻奈だ。彼女もまだ戦闘用のスーツを脱いでいない。大剣を振るい続けた疲れがあるのか、入り口の壁に背中を預けて、渚をじっと見つめていた。
「いや、まだだ。……ただのエネルギー切れだってさ。三日間一睡もせずに全力疾走したようなもんだって、医者が呆れてた」
「そう。……あの一撃、見ちゃったから。もっと酷いことになってるかと思った」
麻奈が歩み寄り、俺の隣で足を止める。
彼女の視線の先には、枕元に置かれたタブレット端末があった。そこには、渚が戦場で叩き出した『計測不能』の赤い文字と、その直後にゼロへと垂直落下した出力グラフが表示されている。
「……透斗。これ、適性Sだって。本部のエリートでも、あんな波形は出せない」
「そんなの、ただの数字だろ」
俺は吐き捨てるように言った。自分でも驚くほど、声が尖っていた。
「あいつは、俺たちの隣に並びたいってだけであんな無茶をしたんだ。適性がどうとか、ワットがどうとか、そんなのは全部後付けだ。……あいつは、ただの渚なんだよ。放課後に一緒にアイス食って、テストの結果で笑い合ってる、ただの……」
「わかってる。わかってるよ、透斗」
麻奈は俺の手を握ってくる。麻奈の手はつめたく、しかし震えていた。
「でも、組織はそう見てくれない。……さっき、作戦室で聞いたの。渚の適性があまりに高いから、記憶を消して帰すのはもったいないって。『燃費を改善するための検体にすべきだ』って言ってる大人たちがいる」
「……っ、ふざけんな!」
思わず立ち上がると、椅子がガタンと音を立てて倒れていた。
(渚を、実験道具にするつもりか。)
あんなに震えていた手を、今度は戦い以外の理由で弄ぶつもりか。
「俺が、そんなの許さない。……渚は、普通の日常に帰すべきだ。俺たちが、あいつの分までワットを倒せばいいだけの話だろ」
「……できる? 今の渚に、『何もなかったことにして帰れ』って」
麻奈の問いに、俺は言葉を詰まらせた。
脳裏に浮かぶのは、光の中で武器を握った渚の瞳だ。
あの時、あいつは確かに笑った気がした。やっと届いた。やっと、同じ場所に立てた。そんな、泣き出しそうなほど真っ直ぐな笑顔。
それを奪うことが、本当に彼女にとっての「優しさ」なのか。
「……っ」
言い返せない俺の、麻奈が握っていないもう片方の手を、不意に冷たい何かが握った。
「……とう……と……?」
小さな、掠れた声。
見下ろすと、渚がうっすらと目を開けていた。
まだ焦点が合っていない瞳で、俺の手を、折れそうなほど弱々しい力で握りしめている。
「渚! ……よかった、気がついたか」
「二人……無事……? 怪我、して、ない……?」
自分の状況もわかっていないくせに、最初に出たのは俺たちの心配だった。
(ほんと、どこまでお人好しなんだよ)
「ああ、無事だよ。お前のおかげで、かすり傷ひとつねえよ」
俺は努めて明るい声を作り、渚の手を握り返した。
麻奈も反対側から彼女の顔を覗き込み、安堵したように息を吐く。
「よかった……。渚、あんた本当にバカなんだから」
「あはは……。ごめん……。でも、私……ちゃんと、回せた……?」
渚が、震える声で聞く。
胸の奥で歯車を回し、俺たちと同じ戦場に立てたかどうかを。
俺は、隣にいる麻奈と視線を交わした。
彼女の瞳には、俺や麻奈と同じ覚悟が宿っていた。
嘘でも、綺麗事でもなく。俺はこの「中身の伴わない覚醒」をしてしまった親友に、本当のことだけを告げることにした。
「ああ。……すごかったよ、渚。お前は、俺たちの誰よりも……最高のギア使いだった」
その言葉が、彼女をさらに過酷な運命に引きずり込むと分かっていたとしても。
俺には、親友から伸ばされたこの手を振り払うことなんて、どうしても、いや絶対できなかったんだ。
ぜひ応援よろしくお願いします。




