予選 サバイバル開始
輸送ヘリのハッチが開き、新宿の乾いた風が機内に流れ込む。
眼下に広がるのは、かつての繁栄が嘘のように静まり返った廃墟の街だ。ひび割れたアスファルトの間からは不気味な赤黒い雑草が伸び、崩れたビルの断面からは鉄骨が剥き出しの牙のように突き出している。
「――全員、降下開始! 健闘を祈る!」
無機質なアナウンスが響き、銀色のエンブレムを胸に掲げた少年少女たちが、次々と空へ身を投げ出した。
私は最後の一度、背後に座る麻奈と透斗に視線を向けた。二人は何も言わず、ただ力強く頷いてくれた。
その瞳には、一週間前のような「心配」ではなく、対等な戦士への「信頼」が宿っている。
私は地を蹴った。
重力に身を任せ、風を切り裂きながら、私は新宿駅東口付近のビル街へと着地した。
――ズシン、と足の裏に伝わる瓦礫の感触。
着地と同時に、私はあえてギアを抜かず、意識を極限まで研ぎ澄ませた。蓮さんとの地獄の修行。実羽さんに叩き込まれた観測術。それらが、私の五感を野生動物のように鋭く変えていた。
(……一人、二人、三人。南側の雑居ビル二階に狙撃手。北の路地裏に二人。……囲まれてる)
静寂。けれど、その裏側で、幾十もの殺気が糸のように私に絡みついているのが分かった。他支部の連中にとって、横浜の「適性S」は最大の標的であり、一気にポイントを稼げるボーナスバルーンなのだ。
「――今だ! やれっ!!」
影の中から放たれた号令と共に、三人の隊員が同時に飛び出してきた。
一人は大鎌のような大型ギア、残る二人は高周波の振動剣を構えている。さらに頭上からは、狙撃用の閃光が私の脳門を狙って突き降ろされた。
一週間前の私なら、ここで恐怖に凍りつき、闇雲に出力を全開にして自爆に近い反撃をしていただろう。
けれど、今の私は、驚くほど冷静に「敵の呼吸」を見つめていた。
(……遅い。みんな、力みすぎてる)
私は『ホワイト・アウト』のグリップに指をかけ、一歩、前へと踏み出した。
「わたしは蓮さんに本当に迷惑をかけた。だから今恩返しをしてみせる!」
その言葉は、誰に聞かせるためでもない。自分自身の魂に刻み込むための宣戦布告だった。
殺到する三人の刃。死角からの狙撃。
私は、蓮さんに教わった「力を消す」感覚を、実戦の熱量の中で爆発させた。
身体が、空気と一体になる。
迫り来る大鎌の軌道を、わずか数ミリの差で紙一重に回避し、流れるように次の振動剣の隙間を抜ける。
それだけではない。私は回避の勢いをそのまま利用し、相手の剣の腹へ掌を添えた。蓮さんとの修行で学んだ、衝撃の転換。
パキィィィィィィン!!
耳を突き刺すような破壊音が響く。
一人の隊員が、自分の放った全力の衝撃をそのまま跳ね返され、愛用していたはずの剣が根元からへし折れたことに目を見開いた。
「な、……馬鹿なっ!?」
驚愕に染まる敵陣。だが、私の「牙」は既に次の獲物を捉えていた。
地面を滑るような、淀みのない足運び。私は白銀の閃光となり、三人の隊員の中心を駆け抜けた。
刹那。
三人の腹部を、『ホワイト・アウト』の切っ先が、撫でるような速さで、けれど確実に切り裂いた。
「……ぁ……」
火花さえ散らないほどに研ぎ澄まされた一撃。
私が通り過ぎた後、三人の隊員は、自分が何をされたのかさえ理解できないまま、呆然と立ち尽くしていた。
数秒のタイムラグの後、彼らの防護服のコアが過負荷を知らせる警報を鳴らし、一人、また一人と光の粒子に変わっていく。
「な……んだよ、今の。……俺たちの攻撃が、一発も掠りもしないなんて……! これが、適性Sの……本物かよ……っ!」
消えゆく少年の震える声。
私は鞘に収めたばかりのギアを、再び静かに引き抜き、まだ見ぬ強敵たちが潜む新宿の奥底を見据えた。
遠くで響く爆音、空を焦がす炎。そのすべてが、私の新しい戦場だ。
「今度こそ私はもう止まらない」
独り言のように呟いた私の瞳には、もう迷いなど一切なかった。
朝日を反射する白銀の刃が、新宿の廃墟を冷たく照らし出す。
山上渚、適性S。
彼女の本当の快進撃が、今この瞬間、鳴り止まない警報音と共に幕を開けた。
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