究極の怪物
「……ねえ、麻奈。どうしてそこまでして、戦うことを選んだの?」
静まり返った夜の図書室。私は、砕け散った刺客の剣を見つめる麻奈の背中に、ずっと胸に溜まっていた問いをぶつけた。
「途中で逃げ出したくなるほど、怖くはなかったの……? 誰もいないところで一人、泣きたくなるような夜はなかったの?」
麻奈の背中が、微かに揺れた。彼女はゆっくりと振り返り、自分の黄金の手甲を愛おしむように見つめた。
そこにあるのは、改造手術の痕などではない。血の滲むような鍛錬と、限界を超えたギアの駆動によって肉体に直接刻み込まれた、無数の「経験」の結晶だ。
「……怖かったよ、渚。毎日、自分たちが壊れていく音が聞こえるみたいで。逃げ出したいなんて、何千回思ったか分からない」
麻奈が語り始めたのは、ストロントの歴史から消された、あまりに過酷な『死のカリキュラム』だった。
酸素の薄い極地での不眠不休の戦闘。ギアのオーバーヒートで皮膚が焼ける熱量をあえて肉体に受け流し、神経を強引に同調させる荒行。
何百人という候補生たちが「これ以上は死ぬ」と膝をつき、心を折って日常へ帰っていった地獄。
「でもね、一人じゃなかったから。透斗が折れそうな時は私が支えて、私がダメな時は実羽が叱ってくれた。私たちは、物心がつく前からの幼なじみでしょ? だから、誰か一人が欠けるくらいなら、三人で地獄の底まで走った方がマシだったのよ。……私たちは、一人で怪物になったんじゃない。三人で一つの『怪物』になったのよ」
麻奈の瞳に、かつての地獄を戦い抜いた「鋭い牙」が宿る。それは、ただ才能に恵まれただけでは決して手に入らない、凄絶な覚悟の輝きだった。
「……三人の絆が、その地獄を書き換えたんだね。でも、そう聞くとますます自分が分からなくなるよ。私は、そんな地獄なんて知らない。ただ運良く、この数字を持って生まれただけ……。私は、あなたたちの隣に立つ資格なんて、本当にあるのかな」
麻奈は私の手をそっと取り、自分の胸元へと引き寄せた。
「だからね、渚。あなたのその『適性S』を見て、大人が何を期待するか分かる? ……自分たちが用意した地獄すら必要とせずに、最初から完成している『究極の怪物』。それがあなたなのよ。私たちが血を吐きながら手に入れた力を、あなたは最初から持っている。……それが、どれほど恐ろしくて、残酷なことか、あなたはまだ分かっていない」
麻奈の温かなはずの手が、今の私には酷く冷たく感じられた。
私が誇りに思おうとしていた「適性S」という牙。それは、親友たちが地獄を潜り抜けて手に入れた「重み」を、無邪気に追いかけようとしていた自分への、痛烈な拒絶のようにも聞こえた。
図書室に流れる重苦しい沈黙。
私は自分の右手を握りしめ、自分の中にある「黄金の歯車」が、かつてないほど不気味に、冷たく回っているのを感じていた。
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