特訓
翌朝、第14訓練場。
リターン・ギアによる凍結はすでに解けていたが、蓮さんは私に「変身」を許さなかった。
「……蓮さん、これは?」
私の前に放り出されたのは、白銀のギア『ホワイト・アウト』ではない。使い古され、あちこちがささくれた一本の竹刀だった。
「今日からお前が振るのはそれだ。ギアの出力に頼らず、その竹棒一本で俺の体に触れてみせろ」
蓮さんは手にした木剣を無造作に構える。構えというにはあまりに自然体。けれど、そこからは一分の隙も感じられない。
「いいか山上。お前を負かした虎徹の盾は、お前の『出力』を待っている。大きな力には大きな反動があり、それは必ず隙を生む。昨日の敗因は、お前がその隙を自分からさらけ出したことだ。……剣術とは、力を伝えることじゃない。力を『消す』ことだ」
そこから、地獄のような訓練が始まった。
変身していない生身の体。ただの竹刀が、数時間を過ぎる頃には鉛のように重く感じられる。
蓮さんが地を滑るように動いた。
「――っ、速い……!」
私は反射的に竹刀を掲げたが、次の瞬間には、私の喉元に木剣の先がピタリと突きつけられていた。
「今の動きだ。お前は今、力任せに竹刀を振ろうとした。だから俺に動きを読まれる。……音を立てるな。殺気を漏らすな。自分の存在そのものを、空気の中に溶け込ませろ」
何度も打ち込まれ、床を転がり、全身が青あざだらけになる。けれど、蓮さんは止めてくれない。実羽さんも高い場所から冷徹な視線を送り、私の無駄な動きを容赦なく指摘してくる。
「肩に力が入ってるわよ、渚。……相手を『壁』だと思うから弾かれるのよ。相手を『流れ』だと思えば、道は見えてくるはずよ」
実羽さんの助言を噛み締めながら、私は再び立ち上がった。
(……才能に頼っていたのは自分だ。今のままじゃ、バルドには絶対に届かない。蓮さんの言う通り、私はもっと、自分の体そのものを研ぎ澄まさなきゃいけないんだ)
夕暮れ時。何百回、何千回と竹刀を振るい、意識が朦朧としてきたその時だった。
蓮さんの踏み込みが、一瞬だけ止まって見えた。
私は無意識に、力を入れるのではなく、逆に肩の力を抜いた。
吸い込まれるように、竹刀の先を蓮さんの懐へと滑らせる。
ガギィィン!
今日初めて、私の竹刀が蓮さんの木剣と重なり、その力を「いなす」ことができた。
ほんの一瞬。けれど、そこには確かに、虎徹先輩の盾をすり抜けるための「道」が見えた気がした。
「……ほう。少しはマシな音になったな」
蓮さんが不敵に笑う。
私は、ボロボロになりながらも、確かな手応えを感じていた。
力で叩きつけるのではなく、相手の芯に「置く」ような一撃。これが、蓮さんの言う本当の剣術――力を消す一撃への入り口だった。
「……竹刀一本が、こんなに重いなんて。でも、蓮さんの動きを見てると、まるで重さを感じないみたいだ。……私も、いつかあんな風に……」
訓練を終え、私は立っているのもやっとの状態だった。けれど、心はかつてないほど燃えていた。
才能だけじゃない、技術で壁を越える。その予感が、敗北の悔しさを塗り替えていく。
「……見ててください、蓮さん。次こそは、その木剣に触れてみせます。そして……虎徹先輩、あなたの盾を、私は必ず越えてみせる」
私は震える手で、汗にまみれた竹刀を強く握りしめた。




