重圧
熱狂と畏怖が渦巻くコロシアムを後にし、私は薄暗い選手用通路を歩いていた。
『リミッター一部解除』の影響か、体の芯が焼けるように熱く、逆に指先は氷のように冷え切っている。
「……はぁ、はぁ……」
壁に手をつき、荒い息を吐く。
勝った。確かに勝ったけれど、右手にある感覚は勝利の喜びではなく、ただただ重い。バルドに届くための代償が、じわじわと私の肉体を蝕んでいるのが分かった。
「――情けねえツラしてんな。リミッターまで持ち出して、泥試合の末に勝った奴の顔じゃねえぞ」
闇の中から、低く響く声。顔を上げると、そこには蓮が壁に寄りかかって立っていた。
その隣には、巨大な狙撃ギアを傍らに置いた実羽もいる。
いつもなら真っ先に駆け寄ってくれるはずの麻奈と透斗の姿はない。二人は現在、新宿侵攻の余波で鶴見川下流域に現れた『ロボット兵』の軍勢を食い止めるため、大規模防衛任務に駆り出されているのだ。
「蓮さん……実羽さん……」
「……言っておくけど、今の試合。私は五点満点で一点もあげないわよ」
実羽が、冷徹な瞳で私を射抜いた。
「あんた、最後にリミッターを外したわね。……あれは『制御』じゃない。ただの『暴発』よ。佐伯がリターン・ギアを持っていたから助かったものの、一歩間違えれば、あんたはあの場でクラスメイトを殺していた。……そんなの、戦士じゃなくてただの『爆弾』だわ。佐伯くんは敵だったり、暴走する化け物だったりするわけでもないんだからあんなことしちゃダメ」
実羽の言葉は、氷の刃のように鋭く私の胸に突き刺さった。
「……俺からも一つだ、山上。お前は確かに強くなった。だがな、今のままじゃバルドに届く前に、お前自身がその『適性S』に焼き殺される。……あいつ(バルド)は、自分の力を完全に『遊ばせて』いた。それに比べてお前は、自分の力に『振り回されて』いる。その差が分かるか?」
蓮の問いに、私は何も答えられなかった。圧倒的な実力差で勝ったはずなのに、私の心には黒い泥のような不安が溜まっていく。
「……でも、私は。あそこでリミッターを外さなきゃ、佐伯くんに……」
「……佐伯くんは私を認めて本気で来てくれた。なら、私も少しは本気を出さないと、彼に失礼だと思ったんです」
私の必死な言葉に、蓮は一瞬だけ呆れたように息を吐き、私の頭を無造作に、けれど少しだけ力を込めて撫で回した。
「……分かってるよ。お前が『勝ちたい』と思ったことだけは、認めてやる。……だがな、次はねえぞ。自分を壊して掴む勝利なんて、ストロントには必要ねえ。次は、野球部の虎徹が相手だ。あいつの『盾』は、今日みたいなデタラメな一撃じゃ、掠りもしねえぞ」
蓮はそう言い残すと、実羽と共に通路の奥へと消えていった。
「……渚。明日の任務、私たちも同行するわ。あんたのその『牙』が、味方を噛まないかどうか……特等席で見極めてあげる」
実羽の言葉が、重く通路に響く。一人残された私は、震える右手を強く握りしめた。
「私は負けたくない。でも勝つ方法もしっかり考えないと危険。気をつけないともしかしたら……取り返しのつかないことになる」
一人残された通路で、私はバルドのいた遥か高い空を見上げた。
明日からは実戦だ。感情のないロボット兵を相手に、私は自分の『牙』を、爆弾ではなく勝利のための翼へと変えなければならない。
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