ランク戦 渚vs佐伯②
「――あああああああ!」
佐伯くんの絶叫と共に、赤黒い嵐が私を飲み込んだ。
速い。重い。リミッターを外した彼のギア『リッパー・エッジ』は、もはや人の領域を超えていた。防戦一方の私の『ホワイト・アウト』が悲鳴を上げ、足元のアスファルトが削り取られていく。
「どうした山上! 逃げるだけじゃ何も守れねえぞ!」
ガギィン! と鈍い衝撃が私の腹部を突き、体が宙に浮く。
背中から壁に叩きつけられ、肺の空気が強制的に吐き出された。視界が点滅し、アラート音が頭の中で狂ったように鳴り響く。
観客席からは、勝利を確信したような歓声と、私を嘲笑う声が波のように押し寄せていた。
(……このままじゃ、負ける。佐伯くんの努力は、確かに本物だ。でも……!)
脳裏をよぎるのは、新宿の朝焼けの中で消えたバルドの背中。
そして、私の帰りを信じて待っていてくれた麻奈と透斗の顔。
私は、歯を食いしばって立ち上がった。ボロボロになったスーパー隊員の制服。震える指先。けれど、胸の奥にある黄金の歯車は、まだ一ミリも折れていない。
「……蓮さん。約束、守れそうにないです」
私は控室の方を一度も見ずに、自分の中にある「安全装置」に手をかけた。蓮さんに教わった、自分を守るための枷。今の私なら、その枷をほんの一部だけ、自分の意志で外せるはずだ。
「私はこんなところで止まるわけにはいかないんだ。……少し本気を出させてもらうよ」
――カチリ。
私の中で、何かが外れる音がした。
直後、私の体から、これまでとは比較にならない密度の白銀の閃光が噴き出した。
訓練場の空気が爆圧で震え、佐伯くんが驚愕に目を見開く。
「な……なんだ、その光は……! ギアの限界値を超えているのか!?」
形勢は、一瞬で逆転した。
私を追い詰めていた赤黒い嵐が、私の放つ圧倒的な光に飲み込まれていく。私は、型なんて知らないまま、ただ真っ直ぐに佐伯くんへと踏み込んだ。
ドォォォォォォン!!
衝突。けれど、押し込まれたのは佐伯くんの方だった。私の放つ純粋なエネルギーの密度に、佐伯くんのギアが耐えきれず、その連撃に僅かな「揺らぎ」が生じる。
「……しまっ……!」
佐伯くんが初めて、体勢を崩した。その刹那を、私は逃さなかった。新宿の地下で死神を、カマカミを、あのバルドを見据えた私の瞳が、佐伯くんの胸元にある『核』を、一点の曇りもなく捉える。
「……これで、終わりだよ。佐伯くん」
私は、ありったけの力を『ホワイト・アウト』の刀身へ、一本の細い線のように凝縮させた。暴走ではない。これこそが、蓮さんとの地獄の修行で手に入れた「制御された暴力」。
「――ホワイト・アクト!!」
白銀の閃光が、訓練場を真昼のように照らし出した。
回避不能、防御不能。
私の全力の牙が、佐伯くんの胸元へと突き刺さる。
直後、凄まじい衝撃波と共に、佐伯くんの纏っていたスーパー・ギアが霧散するように弾け飛んだ。同時に、彼の身を守るための『リターン・ギア』が眩い光を放って起動する。
「……ぁ……あ……」
光の粒子となって強制転送される直前、佐伯くんが信じられないものを見るような瞳で私を見つめた。私は、消えゆく彼に向かって、静かに、けれど確かな勝利の言葉を贈った。
「ありがとう、佐伯くん。私はこの戦いで少し成長できた気がするよ」
――キィィィィィィィン!!
佐伯くんは光の中に消え、横浜支部の専用室へと強制帰還させられた。
静まり返った訓練場に、私の荒い息遣いだけが響く。
『……しょ、勝者、山上渚!!』
遅れて響いた審判の絶叫が、新しい「英雄」の誕生を告げていた。観客席を埋め尽くしていた野次は消え、そこには畏怖と熱狂の入り混じった、割れんばかりの拍手が鳴り響いていた。
私は、空っぽになった右手を握りしめ、自分に言い聞かせるように、バルドのいる空を見上げた。
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