ランク戦 渚vs佐伯
横浜支部地下、第14訓練場。
通常の訓練場とは比較にならない強度を誇る特殊合金の壁が、眩いライトを反射している。観覧席を埋め尽くす数百人の隊員たちの野次は、試合開始を前にして一段と激しさを増していた。
「おい見ろよ、あの適性S。剣の構えすらなってねえぞ」
「昨日スーパー隊員になったばかりの素人が、佐伯に勝てるわけがないだろ」
観客の言う通りだった。私はまだ、正式な剣術の型一つ教わっていない。腰に下げた白銀のギア『ホワイト・アウト』は、私にとってまだ「使いこなせる武器」ではなく、いつ暴発するか分からない「危うい力」の象徴だった。
「……五月蝿いな。山上、お前にはあいつらの声がどう聞こえる?」
控室の影、蓮さんが不敵に笑いながら問いかけてきた。私は一度だけ自分の銀色のエンブレムに触れ、静かに答えた。
「……いえ。何も聞こえません。……ただ、私の手が、あの新宿の熱を覚えているだけですから」
蓮さんは満足そうに鼻を鳴らし、ゲートを指し示した。
「……行ってこい。型なんて知るか。お前はただ、お前の『牙』を叩きつけてこい」
ゲートが開き、舞台へ歩み出る。
対面に立つ佐伯くんは、抜刀した『リッパー・エッジ』を低く構え、鋭い高周波を放っていた。
「待ってたぜ、山上。……お前が運良く新宿から生還して、勘違いしてるみたいだからな。……俺が積み上げてきた『努力』の時間は、そんな数字一つで壊せるほど安くないってことを、今ここでお前の体に刻み込んでやるよ!」
審判の合図と共に、佐伯くんが地を蹴った。速い。それは、新宿のワットが放った殺意を彷彿とさせる鋭い踏み込みだった。
「ハァッ!!」
佐伯くんの連撃が襲いかかる。私は剣術なんて知らない。ただ、蓮さんとの修行で身につけた「回避」と、実羽さんに教わった「世界に溶け込む感覚」を頼りに、必死に体を捻って躱し続けた。
ガギィィ、と鈍い音が響く。私の拙いガードを、佐伯くんの剣が容赦なく削っていく。
「どうした! 逃げ回るだけか適性S! 剣すら振れないのか!」
佐伯くんの言葉に、会場が嘲笑に包まれる。
けれど、私は冷静だった。彼の剣は確かに鋭い。でも、バルドが放ったあの「絶望」に比べれば、どこか優しくて、透き通って見えた。
(……今だ)
私は、佐伯くんの剣筋の「隙間」に、無理やり体をねじ込んだ。抜刀。白銀の閃光が、型も何もない「ただの横薙ぎ」として放たれる。
「――っ!?」
佐伯くんが間一髪で飛び退く。彼の頬を、私の放った熱風がかすめ、一筋の血が流れた。会場が、一瞬で静まり返る。素人の、デタラメな一撃が、スーパー隊員の精鋭である佐伯の肌を焼いた。
「……笑わせるなよ。……ああ、そうか。やっぱりお前は、普通の方法じゃダメなんだな」
佐伯くんの瞳から、焦りが消えた。代わりに宿ったのは、自らの命を燃やし尽くすような、本物の「狂気」。
「――リミッター、解除!!」
佐伯くんが叫ぶ。同時に、彼のギアが赤黒い光を帯びて膨張し、訓練場全体の重力が変わったような圧力が放たれた。彼が自らの肉体への負荷を無視して放つ、禁忌の全力。
「努力の果てを、見せてやるよ!!」
佐伯くんの姿が、視界から消えた。私は、震える手で『ホワイト・アウト』を握り直し、迫り来る「死」の気配を真っ向から見据えた。
「確かに、佐伯くんは強い。……でも、新宿でもっとすごいのを私は見たし、私はここで止まるわけにはいかないんだ!」
火花が散る。素人の牙と、狂気の努力。二人の意地が激突する音が、訓練場の天井を突き抜けるように響き渡る。
「私は、あなたに負けない!」
白銀の光が、赤黒い嵐を押し返し始める。
山上渚、適性S。
その真の力が、泥臭い「意地」と共に、今再び新宿の夜の如く爆発しようとしていた。
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