昇格
新宿の戦いから数日。私は、支部の屋上にあるトレーニングデッキで、一人静かに『ホワイト・アウト』のメンテナンスをしていた。
海から吹き抜ける風が、戦場の熱を奪い去っていく。けれど、私の掌には、まだあの黄金の瞳を湛えた怪物――バルドの感触が、消えずに残っていた。
「……いつまで浸ってやがる。湿気でギアが錆びるぞ」
背後からの、聞き慣れた不遜な声。
振り返ると、蓮さんが一枚の黒い封筒を指に挟んで立っていた。
「蓮さん……。何か、用ですか?」
「支部長からの伝言だ。……おい、山上。新宿での立ち回り、本部は『実力』だと認めたらしいぜ」
蓮さんは無造作にその封筒を私に投げつけた。中には、重厚な輝きを放つ「銀色のエンブレム」が入っていた。スーパー隊員の証。
それは、私が「お荷物」を卒業し、正式に人類の牙として認められた瞬間だった。
「おめでとう、とは言わねえ。……それがお前の『適性S』という化け物を飼い慣らすための、最低限の義務だと思え」
蓮さんの言葉は相変わらず厳しかった。けれど、その瞳には、初めて会った時のような蔑みは微塵もなかった。
昇格の証を握りしめ、私は蓮さんにこう告げた。
「……ありがとうございます。でも、ここで満足するつもりはありません。私はスーパー隊員になってもっと強くなり、蓮さんに追いついてみせます」
蓮さんは一瞬だけ意外そうに目を見開くと、不敵に笑い、顎で下階の訓練場を指し示した。
「……ハッ、抜かしたな。だが、浮かれてる暇はねえ。お前の昇格に納得してねえ連中が、地下で牙を研いで待ってる。……次回の『個人ランク戦』、お前を第一試合に組んでおいた」
個人ランク戦。支部の階級だけでなく、隊員同士の序列を決定する残酷な格付け。
「相手は佐伯海斗だ。あいつはお前の昇格に、死ぬほど腹を立ててるぜ。……負ければ、その銀の紋章はただの飾りだ。分かってんだろうな?」
私は、足元で活気づく訓練場の喧騒を見下ろした。
佐伯くんや、私を疑っている他の隊員たちの顔が浮かぶ。
けれど、今の私を動かしているのは、彼らへの対抗心ではなかった。
私は、隣に立つ蓮さんに、静かな、けれど熱い決意を込めてこう返した。
「……負けるつもりはありません。圧勝してみせます。私の見ている場所は、もうここじゃないですから」
蓮さんは満足そうに鼻を鳴らし、そのまま背を向けて去っていった。
山上渚、スーパー隊員。
手に入れたのは平和じゃない。大きな壁・バルドへ至るための、血塗られたトーナメントの招待状だ。
私は銀の紋章を胸に掲げ、決戦の地、地下コロシアムへと歩き出した。
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