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ストロント・ギア ―適性Sの戦痕―  作者: コロッケパン
第二章 新宿侵攻編
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日常

 目が覚めると、視界は真っ白だった。


 けれど、それは戦場で見た『ホワイト・アクト』の閃光ではない。窓から差し込む、穏やかで、どこか他人事のように平穏な、新宿の朝の光だった。


 肺に流れ込む空気は、清潔な消毒液の匂い。


 そこはストロントの無機質な医務室ではなく、綱島の街外れにある、ごく普通の総合病院だった。


「……ぁ……」


 声を出そうとして、喉の奥がひび割れたように痛む。全身を襲うのは、猛烈な倦怠感。

 

「……渚? 起きたの!?」


 視線を向けると、そこには麻奈がいた。


 スーツではなく、日本学園の制服を着た彼女を見て、私はようやく「日常」側へ引き戻されたことを理解する。


「……まな……。みんな、は……?」


 麻奈は私の左手を両手でぎゅっと包み込んだ。その手のひらは、私よりもずっと熱かった。


「大丈夫。みんな生きてるよ。……渚が、ワットをやっつけてくれたから......」


 麻奈の瞳から溢れた涙が、私の手の甲にこぼれ落ちる。その温かさに触れて、昨夜の光景が蘇る。特攻隊長、バルド。カマカミを倒した私たちを余裕そうに「羽虫」と笑い、そして街を返した怪物。


「……私、負けたんだね」


 私の呟きに、麻奈は首を振った。


「……渚。今のあなたの瞳、新宿に行く前とは全然違う。……もう、私の後ろを歩いてるだけの子じゃないんだね」


 麻奈がぽつりと漏らした言葉。そこには、親友としての誇らしさと、そして深い寂しさが混ざり合っていた。


「いつか、あなたの背中が、誰よりも遠くなっちゃいそうで、少しだけ怖いよ。……でもね、渚がどんなに遠くへ行っても、私は絶対に離れないから」


 麻奈はそう言うと、スクールバッグから数冊のノートとプリントの束を取り出した。


「はい、これ。渚が学校休んでる間のノート、全部板書しといたから」


 そのあまりに日常的な光景に、肩からふっと力が抜けた。戦場での『死』や『王』の存在が、この使い古されたノート一枚に遮られて、遠ざかっていくような気がした。


「え……あ、ありがとう。すごい、麻奈……」


 ノートには麻奈の几帳面な文字がびっしりと並んでいる。


 普通の病院。廊下からはナースコールの音や、お見舞いに来た家族の笑い声が聞こえてくる。私たちが命を懸けて守ったのは、この、何てことのない穏やかな空気なのだ。


「ほら、単位落としたら蓮さんに何を言われるか。……お見舞いついでに勉強しよ。渚、この公式忘れてない?」


 麻奈は椅子をベッドの横まで引き寄せ、ノートを広げた。

 

 昨日まで、私たちは世界の終わりを止めるために命を懸けていた。


 けれど今、私たちは明日訪れるはずの小テストのために頭を悩ませている。


「……適性Sなんて呪いだと思ってた。でも、渚が笑ってその力を振るう時、それは呪いじゃなくて、私たちの『光』に見えたんだ」


 麻奈が伝えてくれた透斗の言葉が、胸に温かく響く。

 バルドという影が消えたわけではない。けれど、このノートの重みと繋がれた手の温もりこそが、私が次に研ぎ澄ます「牙」の本当の理由なのだと、朝の光の中で強く、強く感じていた。


「よし、次は英語。頑張れ、未来のスーパー隊員さん?」


「えー……英語は勘弁してよ……」


 笑い声と共に、鉛筆の走る音が響く。

 新宿の長い夜は明けた。山上渚という少女の、新しい日常がここから再び回り始める。

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