自分の覚悟
地下街から地上へ這い上がると、そこにはさらなる地獄が広がっていた。
空からは黒い粒子が冷たい雨のように降り注ぎ、新宿の摩天楼は燃え盛る火柱に赤く照らされている。私は、ホワイト・アウトを握る右手の震えを止めることができずにいた。掌に残る、あの男を貫いた時の感触が、呪いのようにこびりついて離れない。
「……おい、適性S、お前がストロントに入った覚悟はそんなもんなのか? 敵兵を殺しただけで崩れるのか?」
足を止めた私に、迅が苛立ちを隠さない声をぶつけた。
彼は自分の『サークル・デス』に付着した「赤い汚れ」を無造作に拭いながら、私を冷たく睨みつける。その瞳には、迷いを抱く者への容赦ない軽蔑が宿っていた。
「迅、言い過ぎだ。渚は……」
麻奈が私を庇おうとしたが、それを制したのは意外にも蓮だった。
「いや、こいつの言う通りだ。山上、お前がその手を汚したくないなら、今すぐギアを捨てて、あそこの避難所にでも逃げ込め。……ここは、そういう場所だ」
蓮の言葉は氷のように冷たかった。けれど、その突き放すような物言いは、私に「戦士」としての選択を迫っていた。
(そうだ、私の覚悟はそんなもんじゃない、半端な覚悟でここまで来た訳じゃない。でも人を殺してしまったのは事実、反省をしなきゃいけない。もう、私はどうすれば……)
罪悪感と使命感が胸の中で激しくぶつかり合い、吐き気がこみ上げる。人を殺した。命を奪った。その事実は、どんな正論を並べても消えはしない。
けれど、私がここで立ち止まっている間にも、新たな亀裂から吐き出されたワットが、悲鳴を上げる市民に襲いかかっている。
「――山上さん! 無事だったのね!」
瓦礫の山を越えて駆け寄ってきたのは、横浜支部の指揮を執っていた如月先輩だった。彼女の制服も泥と油でボロボロになり、その表情には深い疲労が滲んでいる。
「如月先輩……。私、あの中で……」
「聞いたわ。地下にいたのは、ワット側の『特殊工作員』だったって。……辛いかもしれないけど、今は止まっている時間はないの。都庁の『門』が、完全に開きかけてる」
如月先輩が指差した先。新宿の空を飲み込む漆黒の渦が脈動し、そこから今までとは比較にならない巨大な「影」が、地上を押し潰そうと這い出そうとしていた。
私は、震える手でホワイト・アウトのグリップを、指の形が変わるほど強く握りしめた。
「今はこんなことで悩んでいるばあいじゃない。少しでも多くの命を救うために私はもっと頑張らないと」
私は自分の頬を強く叩き、無理やり前を見据えた。
奪った命への謝罪は、この戦いが終わった後に、一生をかけて背負えばいい。今はまだ、私の力を必要としている人がこの地獄の中にいる。
「……行こう。今度こそ、誰も死なせないために」
私は白銀の閃光を再び纏い、新宿の最深部へと走り出した。
迷いを断ち切ったわけじゃない。ただ、その迷いを抱えたまま戦う覚悟を決めたのだ。
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