ホワイト・アウト
苦行の果てに、ようやくその瞬間は訪れた。
私の手の中にある生卵は、十万歩を歩き終えてもなお、傷一つなくその形を保っていた。指先の感覚は、まるで研ぎ澄まされた薄い刃物になったかのように鋭く、内側で暴れていたはずの適性Sのエネルギーは、今や体温の一部として静かに脈打っている。
「……合格だ。ようやく、人間並みの手先になったな」
蓮が、初めて棘のない声でそう言った。
その背後で、技術部から運び込まれた巨大なコンテナが、重厚な駆動音を立てて開かれていく。
「お待たせ、山上さん。これが君の、本当の牙だ」
技術官が指し示した先にあったのは、これまでの量産型とは一線を画す、白銀の輝きを放つギアだった。適性S専用兵装――開発コード『ホワイト・アウト』。
「これが私専用のギア。今までのと何か違う。使いこなせる気がすこしする……」
目の前に現れた『ホワイト・アウト』を初めて見たとき、私はその美しさに息を呑んだ。
歪で左右非対称だったあの剣の面影はありつつも、白銀の刀身には複雑なエネルギー回路が血管のように走り、微かに発光している。それはまるで、私という存在を肯定するために用意された、私自身の「欠片」のように見えた。
私は、吸い寄せられるようにそのグリップへ手を伸ばした。
握った瞬間、ノーマル・ギアとは比較にならない濃密な情報の奔流が、指先から流れ込んでくる。それは私を拒絶する暴力的なものではなく、私の鼓動を待っているかのような、深く、静かな予感。
「――起動」
呟いた瞬間、全身を純白の光が包み込んだ。
凄い。今まで、あんなに私を苦しめていた適性Sの巨大な力が、嘘みたいに一点へ収束していく。無理やり「抑える」のではなく、ギアが私の力を「正しい形」に導いてくれているのが分かった。自分の体が一回り大きくなったような、あるいは世界そのものが私の指先に繋がったような、圧倒的な全能感。
視線の先では、透斗と麻奈、そして実羽が並んで立っていた。三人の瞳には、驚きと、そして確かな「期待」の色が宿っている。
かつては遠くて、届かないと思っていたあの背中が、今は少しだけ近くに見える。守られるだけの私じゃ、三人の隣にはいられない。
これからは、私だって――。
「これを使いこなし、私はみんなの役にたってみせる!」
私の宣言に呼応するように、ホワイト・アウトから純白の閃光が立ち昇る。
それはかつての「爆発」ではない。獲物を確実に射抜くための、鋭く研ぎ澄まされた「牙」の輝きだった。
「いい面構えだ」
蓮が不敵に笑い、自分の漆黒のギアを抜いた。
「……仕上げだ、山上。その新しい牙、俺の体に届かせてみせろ!」
訓練場に、黄金と白銀の火花が散る。
山上渚という「適性Sの少女」の本当の物語が、いま始まった。




