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苦行②

 訓練開始から数時間が経過した。


 私の足元には、力尽きて割れた生卵の殻が散乱し、ヌルリとした不快な液体が床を汚している。指先はとうに感覚を失い、神経を研ぎ澄ませすぎた脳は、オーバーヒートした機械のように焼けるように熱い。


「……あはは、傑作だな。適性S様が、泥まみれで卵拾いかよ。おい山上、そんなに腹が減ってんのか?」


 訓練場の入り口に立っていたのは、同じ学校の佐伯だった。彼は隣にいる我妻先輩と肩を並べ、無様に床を這う私を、見下すように笑っている。


(悔しい。今の力じゃ勝てないと思うけど、いつか絶対に勝ってみせる……!)


 奥歯を噛み締め、私は拳を握った。惨めで、情けなくて、視界が滲みそうになる。けれど、ここで泣いたら本当に負けだ。我妻先輩の瞳に宿る、冷ややかな好奇心も、すべてを飲み込んで私は耐え忍ぶ。この苦行は、私一人で飲み込まなければならない泥なのだと、改めて突きつけられた気がした。


 そう思った時、背後から冷たい、けれど聞き慣れた声がした。


「……騒がしいわね。集中力が足りないんじゃない?」


 実羽だった。彼女は巨大な狙撃用ギアを肩に担いだまま、私の横に膝をついた。実羽の瞳は、学校での誰とも違う、数キロ先の獲物を射抜くスナイパーのそれだった。


「実羽さん、あの、私は、どうしたら……」


 縋るような思いで漏れた言葉。実羽は答えず、私の手元にある生卵を指差した。


「精密射撃と同じよ。引き金を引く瞬間を『待つ』んじゃない。自分が世界の一部になって、指先の感覚が消えるまで『溶け込む』の。……あんたのエネルギーは、あんた自身でしょ? なんで自分自身を怖がってるのよ。あんたが拒絶してるから、力が暴れるのよ」


 実羽の言葉は、蓮の怒声よりも、如月先輩の理論よりも、真っ直ぐに私の胸に刺さった。私の内側にあるランクSのエネルギー。それは呪いでも爆弾でもなく、私の血であり、心なのだ。


 私は、汚れを拭いもせず、新しい卵を手に取った。


 佐伯たちの嘲笑も、蓮の監視も、今はもうどうでもいい。ただ、この薄い殻の中に、私のすべてを「溶かす」ことだけを考える。


 ――トクン。


 胸の奥の黄金の歯車が、一瞬だけ、私の鼓動と完全に重なった。暴力的だったエネルギーが、ふっと体温と同じ熱さになった気がした。


「この力をすべて自分のものにして私は今度こそみんなの隣に立てるようもっと強くなる!」


 私は、佐伯たちの笑い声を意識の隅へ追いやり、再び地獄のような一歩を踏み出した。


 指先の卵はまだ割れていない。けれど、私はもう、さっきまでの「無知な自分」ではない。


 この『苦行』の先にある白銀の世界を、私は確かに見据えていた。

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