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苦行

 翌日から始まったれんの訓練は、文字通りの地獄そのものだった。


 けれど、それは派手に剣を振るうようなものではない。あまりに地味で、精神を削り取るような苦行だった。


「……九万九千九百九十八、九万九千九百九十九……。はい、そこまで。やり直しだ」


 訓練場の隅で、私は震える指先で生卵を握っていた。生身ではない。ギアを起動し、スーツを纏った状態での『生卵運び』だ。


 三パーセント以下の出力を、さらにその百分の一まで絞り込み、極限の繊細さでエネルギーの「形」を保つ。少しでも力んでしまうと、卵は弾け飛び、少しでも緩めればスーツの重みで潰れてしまう。


(こんなことをやって、ほんとうに強くなれるのですか? わたしは早く強くなって麻奈たちの隣に立ちたいんです……!)


 思わず漏れた弱音に、蓮の冷たい視線が突き刺さる。


「何をもたもたしてやがる。お前の適性Sは、全力で殴ればビルをも壊しにまうが、優しく撫でれば相手を消し炭にする。……『加減』ができねえ牙なんて、自分の口を切り裂く毒でしかねえんだよ! 」


 蓮の怒声が、静かな訓練場に響き渡る。


 足元には、無惨に壊れたノーマル・ギアの残骸が転がっていた。繊細な出力を維持しようとするたびに、量産型の回路が私の放つ高密度のエネルギーに耐えきれず、内部から焼き切れてしまうのだ。


「――技術官、どうだ」


 蓮が訓練場のモニター越しに問いかける。映し出されたのは、私の壊れたギアを分析していた技術官の渋い顔だった。


「ダメだ。ノーマル・ギアのフレームじゃ、山上さんのエネルギー密度の『揺らぎ』を吸収しきれない。……このままじゃ、訓練効率が悪すぎる」


 技術官は、一枚の設計図を画面に展開する。そこには、これまで見てきたどの武器とも全くと言っても良いほど違う、複雑で、どこか生物的な鼓動を感じさせるギアの骨格が描かれていた。


(私はこれを操ることができるかな……?)


 画面に映った自分専用のギア、開発コード『ホワイト・アウト』。その美しくも禍々しい設計図を見つめ、期待よりも先に、底知れない不安が胸をよぎる。


 こんな怪物のような兵装を、卵一つまともに運べない私に扱えるのだろうか。私は心配になってしまう。


「山上、これがお前の本当の『牙』になる予定の代物だ。だが、これを作るには今の訓練をクリアし、お前のエネルギー特性を完全にデータ化しなきゃならねえ。分かったか。卵一つ壊さずに運べねえ奴に、その化け物を握る資格はねえ。……さっさと次だ。十万回、落とさず歩け」


 蓮は私の前に立ち、壊れたギアを無造作に蹴り飛ばした。

 私は、震える手で新しい卵を手に取った。遠くの観覧席では、透斗と麻奈が心配そうにこちらを見ている。


(……いつまでも心配されたくない。守られるだけの私じゃ、二人の隣にはいられないんだ)


 私は自分に言い聞かせるように、蓮に向かって、そして自分自身に向かって叫んだ。


「これくらい、すぐに終わらせてみせます!」


 再び卵を握り直す。指先から伝わる生卵の柔らかさと、内側で暴れる適性Sの巨大な力。その極小の境界線を見極めるために、私は再び、地獄のような一歩を踏み出した。


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