蓮の試練
すみません!
こちらのミスで、本来の15話を飛ばして16話を先に載せてしまいました。現在、間に15話を挿入しましたので、未読の方は戻って読んでいただけると嬉しいです!
退院から数日、私の右腕にはまだ薄い包帯が巻かれている。
けれど、時間は待ってくれない。とうとう約束の時間はやってきた。
放課後の日本学園の校舎を抜け、私は一人、横浜支部の『特別訓練場』へと向かった。
そこは、ハイパー隊員同士の模擬戦にも耐えられるよう、特殊な合金で囲まれた閉鎖空間だ。重い扉を開けると、中央で蓮さんが退屈そうに自分のギアの手入れをしていた。
「……来たか。そのまま逃げ出すと思ってたぜ」
蓮さんは私を一瞥もせず、低く笑う。その余裕が、今の私には何よりも癪だった。私は一歩、強く踏み出して言い放った。
「あなたに勝って私の事を認めさせます! 」
「……ハッ、言うじゃねえか。その細く弱い腕で何ができるか、見せてもらおうか」
蓮さんが立ち上がり、腰の漆黒のギアを起動させる。その瞬間、訓練場内の空気が一変する。肺が圧迫されるような重圧。これが横浜支部最強の一角、蓮という男の放つものすごい殺気だ。
「いいか、山上。今日は戦い方なんて教えねえ。……俺の攻撃を、そのボロいギアで『一回』でも防いでみせろ。限界を超えて『リターン・ギア』が起動し、専用室に飛ばされちまったら、お前は今日でクビだ。五時間もギアが使えねえ案山子は、この戦場にはいらねえんだよ」
五時間。リターン・ギアが発動すれば、私は光の粒子となって強制帰還させられ、その後五時間はギアが使えなくなる。
もし、その五時間の間に本物のワットが現れたら? もし、透斗や麻奈がピンチに陥っていたら?
(私は、また二人をただ眺めることしかできなくなる。……そんなの、絶対に嫌だ。クビなんて、もっと嫌だ。私は、あの二人の隣で笑うって決めたんだ。ここで消えるわけにはいかない……!絶対に勝ってみせる)
恐怖で震えそうになる足に、力を込める。
その瞬間、蓮さんの姿が視界から消える。
「――終わりだ」
背後から響く、冷徹な声。
速い。反射神経が追いつかない。
ドォォォォォォォォン!!
咄嗟に振り向いて構えたノーマル・ギアのガードが、蓮さんの凄まじい蹴りを受け止めた。火花が散り、足元のアスファルトが同心円状に砕け散る。
「……ぐ、あああぁぁぁぁっ!!」
腕の骨が軋み、スーツの耐久ゲージが瞬時にイエローからレッドへと転落する。
脳内で「警告、リターン・ギア作動まで残り三秒」という無機質なアナウンスが鳴り響いた。視界の端で、私の身体が光の粒子に変わり始めているのが見えた。
(――ふざけるな。勝手に、帰そうとするな!)
私は、自分の中にある黄金の歯車を力任せに逆回転させた。
如月先輩に教わったブレーキも、麻奈に教わった心の余裕も、今は全部捨てていい。ただ、この場所にしがみつくための「執念」だけを、ギアの回路に叩き込む。その後どうなるのかは考えもしなかった。
「絶対に負けない!」
私の叫びと同時に、ギアから真っ白な閃光が逆流するように爆発した。
ピキィィィィィン! と、空間を割るような音がして、作動しかけていたリターン・ギアの光が無理やり霧散した。
「……何っ!?」
蓮さんが目を見開く。
砂煙が晴れたとき、私はまだ訓練場に立っていた。
握っていたギアは熱で歪み、私の身体はボロボロで、今にも倒れそうだったけれど。
私は、強制転送されることなく、蓮さんの目の前で踏みとどまって見せた。
「……ふん。一回防げと言ったが……まさか、システムを力技でねじ伏せるとはな」
蓮さんはギアの出力を下げ、皮肉げな笑みを浮かべていた。
「合格だ、山上渚。……明日から、地獄のメニューを用意しといてやるよ」
私はその言葉を聞き届けた瞬間、糸が切れたように意識を失い、冷たい床へと崩れ落ちた。




