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神に愛されし声と言われたVTuber、異世界では歌って戦う最強吟遊詩人になります   作者: 綺凛
第1章 新たな活動のはじまり

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Side-神々の特等席

今日はちょっと短めのサイドストーリーです

 

 そこは、どこでもあって、どこでもない場所だった。

 

 白く果てのない空間の一角に、いつからか、誰が用意したともしれない観覧席めいた一画がある。ふかふかの雲を寄せ集めたソファ。中央には、地上のあらゆる出来事を映し出す、巨大な水鏡がおいてある。

 

 今、その水鏡には、ギルドの医務室で眠る一人の青年と、その膝を枕に寝ている琥珀色の髪をもつ少女が、仲睦まじく映し出されていた。

 

「……はぁ。寝顔まで尊いとは、どういうことなの」

 

 うっとりと頬杖をついて呟いたのは、真珠色の髪を持つ、年齢不詳の美しい女神だった。

 

「ペル、あんたまた録画してるでしょ」

 

「録ってないわよぉ~、生で両目に焼き付けてるの。この尊さは、二度と同じ瞬間が来ないんだから」

 

「録画の方がまだマシかもしれないわね…」

 

 呆れ声で隣に腰を下ろしたのは、豊かな金の髪を持つ姉貴分の女神だ。ペルと呼ばれてる女神を諫める役回りでありながら、その手にはしっかりと地上産の果実酒が握られている。口ではペルを叱りつつも、ソファにくつろぎながら酒をちびちびやっている。

 

 そして、ソファの一番端。

 

「…素晴らしき、戦いであったな」

 

 ぼそりと、低い声がした。

 

 筋骨隆々の偉丈夫が、腕を組んで水鏡を睨んでいる。腰には大きな太鼓とバチを吊り下げ、両手には、透き通った液体を入れたおちょこを持っている。普段は血と硝煙の気配を纏う恐ろしい神なのだが、今は珍しく、満足げに何度も頷いていた。

 

「ね!アレスもわかるでしょ!うちのコトギくんの勇ましさとカッコよさ!」

 

「同意する。

素晴らしき戦の才よ。…だが、本来であれば、神威はあのように重ね掛けして使うことを想定していない。何とも無茶をする若人だ」

 

「確かに…私の作った器ですら耐えられるか分からなかったわ。コトギくんは全く…相変わらず自分の体は二の次なんだから」

 

「無茶だが、蛮勇と思うこと勿れ、あれこそ英雄の素質でもある」

 

 筋骨隆々の男神は、おちょことを高く持ち上げ、まるで祝杯をあげるような仕草で笑った。

 

「仲間を救うために、己の身を顧みず、限界の先へ手を伸ばした。あの瞬間、奴は確かに戦士の魂を燃やしていた。……認めよう。ワシの戦歌を預けるに、足る若人だ」

 

「ちょっとアレス、勝手に解放しちゃったわけ?軍神の戦歌(マーチ・オブ・アレス)、まだ早いって言ってたじゃない」

 

「予定にはなかった。が、奴が自力で限界の先にある門を叩いたのだ、あの土壇場でな。ならば応えるのが、力を持つものの定めというものだ」

 

 男神は誇らしげに鼻を鳴らし、手に持った透明な酒を飲みほした。

 

 ――この青年、コトギに与えられた力の数々は、一柱の手によるものではない。

 

 ペルが地上の死者の中から見初め、依り代を用意し、魂を移した。そして、その器に編み込まれたいくつもの加護やスキルは、ペルが懇意にする神々から、こっそりと持ち寄られたものだった。

 

「コトギくんはずっと昔からそう…いつでも自分より誰かを楽しませ、誰かのために限界まで頑張る子だったわ」

 

 ペルが水鏡に手をかざすと、病室で眠る二人の映像が変化し、青年の過去へ遡った。

 

 ――薄暗い部屋で、たった一人、ポツポツとたまにしか動かないコメント欄に向かって歌う、若き日のコトギの姿。

 

「初配信、同時接続23人。私、その中の一人だったの。ある日、急にね、声が聞こえたのよ。地上の無数の声の中から、あの子の歌だけが、まっすぐに冥府まで届いてきた」

 

「あんた、冥府の女神のくせに、生者の配信にハマってどうするのよ。そのせいで一時期、死者の輪廻転生が止まりかけたじゃない」

 

「だって、いいんだものぉ……。死にゆく魂を見送るのが私の仕事でしょう? 毎日毎日、たくさんの命の終わりを見ているとね、心が、こう、すり減るの。そんな時に、あの子の歌を聞いて……ふっと、心が軽くなったのよ」

 

 ペルは水鏡に映ったコトギの姿を優しく指先でなでた。

 

「だから、あの子が過労で倒れて、私の管轄に堕ちてきそうになった時―どうしても、輪廻の輪に戻したくなかった。記憶を消して、別人にして、二度とあの歌が聞けなくなるなんて、耐えられなかったの」

 

「…それで規約破って転生させるとか…私が主神様にどれだけ怒られたか…」

 

 姉貴分の女神は溜息をついたが、その横顔は、どこか優しかった。

 

「ま、気持ちは分からんでもないけどね。実際、いい子だし」

 

「でしょっ!」

 

「はぁ、少しは反省してほしいものだけど…」

 

 姉貴分の神は、頭を押さえながらため息をつく。

 

「ところで、この世界の異常は何?」

 

 水鏡の映像がまた移り替わる。

 画面にはグレーブスの街が映り、その北側の森には、謎の文様を見つけたギルド調査員が何やら議論しているのが映っていた。

 

「はぁ、コトギくんを巻き込みたくなかったんだけど、どうにも例の組織がコトギくんに気づいているみたいよね」

 

 ペルの表情から、ふっと笑みが消える。冥府を司る者の、底知れない静けさが、一瞬だけ顔を覗かせた。

 

「何百年ぶりかしらね、あれが目を覚ますのは。…いつだって、世界を混乱に陥れる組織ができるのも、不思議なものね」

 

「ふん。だからこそ面白い」

 

 男神が好戦的に口角を上げた。

 

「我らが手塩にかけた器が、その渦中へ自ら飛び込んでいく。歌う戦士が、何を成すか。これほど見応えのある戦いはあるまい」

 

「もう、アレスはすぐ戦いに結びつけるんだから。でも――」

 

 ペルは、再び水鏡に向き直った。眠るコトギの、安らかな寝顔へと。

 

「コトギくんなら大丈夫。だってあの子の歌は、人の心を動かす力があるからね。彼の力は、彼の歌は、いざという時に剣よりずっと遠くまで届くのよ。…ねえ、そう思わない?あなたたちも」

 

 彼女が振り向いた先、白い空間のさらに奥。

 

 そこには、はっきりとは像を結ばない、いくつもかの気配があった。ある者は旅人の杖を携え、ある者は竪琴の影を背負い、ある者はただ静かに、青年を見守っている。

 

『――楽しみだな』

『次は、私の出番ですかな』

『これから行く旅路の中で、きっと成長していくさ』

 

 ざわめきにも似た声が、いくつも重なって、消えた。

 

「さ! 湿っぽい話はおしまい!」

 

 ペルが、ぱんと手を叩いた。

 

「コトギくんが目を覚ましたら、いよいよエウリちゃんと腹を割って話し合うんでしょ?絶対感動的なシーンになるはず!お姉様、果実酒もう一本開けましょ!アレスはおつまみ持ってきて!」

 

「はいはい。まったく、最推しが絡むとこれだもの」

 

「ワシは酒より肉が欲しい」

 

 神々の特等席は、今日もにぎやかだ。

 

 水鏡の中で、青年がもぞりと寝返りを打つ。膝枕の少女が、むにゃ、と食べ物の名前を寝言で呟く。

 

 その、なんということもない平和な一場面を、世界を統べる神々が、頬杖をついて、世界で一番幸せそうに眺めていた。

 

 ――地上で歌う一人の青年は、まだ知らない。

 自分の小さな配信枠の視聴者が、どれほど大それた顔ぶれなのか。そして、その視聴者たちが見守る舞台が、これからどれほど大きくなっていくのかを。


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