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神に愛されし声と言われたVTuber、異世界では歌って戦う最強吟遊詩人になります   作者: 綺凛
第1章 新たな活動のはじまり

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オープニング 神に愛されし声を持つVtuver


 少し薄暗いワンルームの一室で、カチャカチャとコントローラーを操作する音だけが響いている。


 配信を始めた時、カーテンの隙間から差し込む光は夕焼けの色だった。それが夜になって日差しが入らなくなり、朝日になり、また夕方の橙に戻りつつある。


「―よし、行くぞ!ついに…ボス戦だ!耐久配信、30時間35分経過……長かった…」


 モニターの画面には、巨大なドラゴンと相対する主人公キャラが表示され、画面の右下には表情豊かに動く銀髪のキャラクターがいた。


 俺はVTuberだ。

 天城琴祇(あまぎことぎ)という名前で活動している。

 基本はゲーム実況と雑談をして、月に1、2回くらいは歌枠をやる。


 登録者は気づけば50万人を超えていた。デビューした頃は同時接続が10人を超えれば祭りだったのに、今じゃ雑談枠ですら万を超える人が集まってくれる。


 正直、未だに実感がない。

 俺の人生で、こんなに大勢の人に必要とされたことなんて一度もなかったから。


「うわっ!ボス戦のBGMってゲームの主題歌のアレンジなのかよ!熱すぎる展開だこれ!」


『めっちゃ熱い展開だよね』

『コトくん超はしゃいでて可愛い!』

『この曲も今度の歌枠で歌って欲しい!』


「へっへっへ……実はこの曲、メロディーだけ少し覚えたんだよね。静かに~出口に~♪」


 コントローラーを握ったまま、口ずさむ。

 ボスの咆哮と剣戟の音に混じって、俺のアカペラがマイクに乗った。


『アカペラのレベルじゃねぇ』

『耐久30時間でこの声出るのおかしいだろ』

『コトギの歌はまだ医療には使われていないが、いずれ万病に効くようになる』

『コトの歌を聞いたら気分が爽快に!おかげで仕事も上手くいって、人生で初めて彼女もできました!』


「褒め方独特すぎるだろ!怪しい宗教みたいになってるって〜」


 言いながら、口元が緩むのを抑えられなかった。


 歌だけは、昔から好きだった。

 好きだった、というより、それしかなかったと言うほうが正しいのかもしれない。


 教室の隅で誰とも話せず、休み時間はずっと寝たふりをしていたような学生時代。家に帰って、誰もいない部屋でこっそり歌っている時間だけが、自分を認められる時間だった。


 だから、初めての歌枠で『鳥肌立った』『なんで登録者こんな少ないの』ってコメントが流れた時、画面の前で泣いた。誰にも言ってないけど。


 ――と、画面の中で主人公が順調にボスの体力を削り、ちょうど第二形態に入るところで、ひときわ派手な演出と共に最高額の投げ銭が流れた。


「あ、自称神様さん、赤スパありがと!」


 自称神様。

 デビュー初配信から居る古参リスナーで、名前の通り、神様を自称している変な人だ。コメントの内容はいつも独特で、初見さんから本物の電波だと心配されることもあるけど、なんだかんだ俺はこの人のコメントが好きだった。


「え〜っと…『コトギくんの声は神に愛されています。そう、私から』……って、いつも通り、ちゃんと名前通りのキャラだな!ありがとう、嬉しっ――ゴホッ、ゴホッ!」


 読み上げた瞬間、喉の奥から重い咳が込み上げた。


 まずい、と思った。

 このところ、収録やらコラボやらが重なって、過密スケジュールが続いていた。睡眠時間は平均3時間。喉のケアをする暇もないまま、この長時間配信に突入していた。


 分かってる。無茶をしている自覚はある。

 でも、止まれなかった。


 配信を開けば、何万人もの人が俺の名前を呼んでくれる。歌えば、世界中から言葉が届く。リアルでは女子とまともに目も合わせられない陰キャの俺が、この画面の中でだけは『神に愛された声』『女神も惚れる歌声』なんて呼ばれている。


 ここだけが、俺が本当に輝ける唯一の場所だった。

 だから絶対に、途中で投げ出したくなかった。


 コメント欄の流れが一気に加速していく。


『え、この配信まだやってたの!? もう1日以上経ってない!?』

『声ガラガラだよ、大丈夫?』

『コトギくん、無理すんな!』


「平気平気。ほら、もう最終形態まで来たし……これ倒したら寝るから!」


 笑って返しながら、手元のコントローラーを握りしめる。

 ここまで来てボスを倒さずに終わるなんて、カッコ悪いことはできない。30時間付き合ってくれたみんなに、最高のエンディングを見せるんだ。


「……っ!」


 手が小さく震えた。

 ボスが尻尾の薙ぎ払いを繰り出してくると分かっていたはずなのに、操作が一瞬遅れ、画面の中の主人公が大きく吹き飛ばされた。


『今のは反応遅すぎじゃない?』

『おいおい、大丈夫か?』


 大丈夫じゃ、ないかもしれない。

 コントローラーを操作する指の感覚が、妙に遠い。指どころか、体全体の輪郭がぼやけているような感じがする。疲労のせいか、頭の芯がじんと痺れて、思考に靄がかかっていく。


 まるで水の底に沈んでいくみたいに、視界も意識も薄いベールに包まれていった。


『コトくん?のど大丈夫?』

『本当に休んだほうがいいって!』

『運営さん、これ止めた方がいいんじゃ…』


 コメントが心配一色に染まる。


 ごめん、心配かけて。

 でもあと少しなんだ。あと少しで、最高の瞬間をみんなと共有できる。


「……大丈夫。最後に、勝って……終わるから」


 視界がかすむ。

 画面の中でラスボスが大きく光り、全身に力を溜める。即死技の予備動作だ。


 ――やばい。エフェクトが、見えない。


 避けなきゃ。ボタンを押さなきゃ。

 いつもみたいに歌って、集中力を上げて――だめだ、息が吸えない。喉が、音を出すことを拒んでいる。


 歌えない。

 その事実が、ボスの攻撃よりもずっと深く、俺の胸を貫いた。


「……あれ?」


 コントローラーが手から滑り落ちた。

 ごとり、と床に落ちる音がやけに遠くで聞こえる。


 世界がぐるりと回り、暗く沈んでいく。

 倒れ込んだ俺の体がマイクスタンドを巻き込んで、激しいノイズが配信に乗った。


『おい!?』

『コトくん!?』

『倒れただろこれ!!』

『だれか運営に通報しろ!!』

『住所知ってる人いない!?救急車!』


「……み、ん…な」


 喉の奥が焼けるように痛み、息を吸っても、もう音にならなかった。


 ああ、最悪だ。

 最後の最後で、こんな終わり方。

 勝てなかった。歌えなかった。みんなに、ごめんも言えない。


 ……神様。

 もしいるなら、一つだけ願いを聞いてくれ。


 もう一度だけでいい。

 誰かのために、歌わせてくれ、誰かの生きる力になれるよう…活動させてくれ。


 ――流れ続ける心配のコメントが滲んで消え、俺の意識は完全に途切れた。


 最後に見えた気がしたのは、自称神様の赤いコメントだった。


『いいでしょう。その願い、確かに聞き届けました』


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