#11 全裸最強方程式を知る男
『まったく、隠れた内側の筋肉だよ』
『隠れた?』
ヒーホーに合わせて小声で、返すが「助け舟」の意だということは【会話理解】が翻訳してくれる。
『俺はまだアヴァラガンに挑戦したくねぇんだ』
『どういうことだ?』
『勝たせてやるって言ってんだよ』
と言った直後、ヒーホーが凄まじい筋力で俺を圧してきた――必死に堪えるが、耐えられず、どんどんと儀式円の縁まで追い詰められる。
こいつさっき何て言った? 勝たせてやるって言わなかったか?
まさかここまで来て卑怯な作戦を使う奴なのか?
などと自分の卑怯さを棚に上げた俺が、歯を食いしばって全身に力を入れた瞬間。
『脱力しろッ』
小声。と共に上からさらに強い力でプレスしてきた。
俺はとっさに膝を折り、組んだ手を自分の肩まで下げた――そのタイミングに合わせてヒーホーは宙を舞った。
まるで、俺にバランスを崩され勢い余って儀式円の外側へ勇み足したかのように。
『勝者ァァァアッ! モーンガイィィィッ! 今年のブフラーはここで終了とするッ!』
なんだなんだ?
本当に勝てたのか?
屈強な男たちに胴上げされ、俺はそのまま別室へと運ばれ――ている途中で意識が遠のいた。酷い筋肉痛で。
ハッと目覚めた。
飛び起きようとしたが全身の筋肉痛のせいで動きが止まる。
いままでにない痛み。
そりゃそうか。二重魔法薬なんざ試したのは初めてだ。
だがこの痛みのある意味フレッシュさは、あれからまだそんなに時間が経っていないことを教えてくれる。
ちょ、ちょっと待て?
慌てて股間を触る――ある!
ホッとした。
赤いブーメランパンツの上から自分の股間をさする。
俺は男を守れたんだな。
「ふぅ」
少し落ち着いたので周囲を観察する。
地球の南国のコテージを思わせる風情の小屋。
赤みのある木材で組んだ柱や梁に、壁や屋根は紫色の細長い植物を編み込んだもの。
入口はやんわりと透けるピンク色の薄い布地でのれん状に仕切られており、小屋の真ん中には立派なキングサイズのベッドが一つ。
それが俺の寝ているところ。
枕はないが手触りの良いタオルケットのようなものはある。色味と透け感的にあののれんと同じ素材か?
ベッドには天蓋があり、のれんと同じ布が蚊帳のように四方を覆っている。
傍らには手水鉢のようなものがあり、灰色の手拭いのようなものがかけられている。
風通しはすこぶる良いが、気温は高め。
だが湿度が低いのか快適さはそれなりに。
また風が吹き、入口ののれんがファサッと揺れた。
『起きたかい? モーンガイ』
優しい声。
目の前にはいつの間にかエビフーライが立っていた。
もしや今の風、こいつが入ってきたせいで?
集中力が低下しているとか、室内の他の場所を見ていたとか理由をこじつけることはできるが、全く見えなかった。
万全の調子でドーピングしていたとしても、こいつには敵いそうもない。
『……俺は、どうなるんだ?』
『種付けの儀の後、アヴァラガンに挑む権利を得た』
『種付け? アヴァラガン?』
前者も気になるが、後者はヒーホーも言及していた謎の何か。
『そうだ』
『もう少し詳しく教えてほしい、と言ったら答えてくれるか?』
『いいさ。そのつもりで来た』
エビフーライはどっかとベッドの端に腰掛ける。
こちらに向けている背中はギリシャ彫刻のように隆々とした筋肉美。
『君が勝利を求めてここを訪れたのではないことは、僕にはわかっている。君、秘術を使えるだろ?』
『……秘術?』
まさか、ドーピングのことがバレて?
だが逃げようにも俺の体は今、最悪に疲弊しきっている。
『とぼけなくていいさ。糾弾するつもりはない。きっと気付いているのは秘術をよく知り、間近で見ていた僕だけだから』
『なぜ、君は』
『説明するよ』
エビフーライは俺の言葉を遮った後、勝手に語り始めた。
『僕ら漢一族は、己の肉体に全幅の信頼を寄せている。全裸最強を掲げてね』
それは見ていればなんとなくわかる。
『だがどんなに鍛えても、鍛えきれない弱点ってのがある』
弱点を教えてくれちゃっていいのか?
『股間だ。正確には袋と中の玉さ』
あー、聞かないでもわかるやつだった。
『なのでずっと昔の長が、最強方程式を考え出した。「全裸-弱点=最強」ってやつをね』
『え、まさかじゃあ、皆の股間の傷って……』
つい声を出して反応してしまった。
『ああ。去勢だ。玉と袋を取るなら、棒も邪魔だろうと一緒にね。そうして最強状態になった漢だけがみっともない半人前の証たる赤パンツを脱ぎ捨て、真の漢一族を名乗れるんだ』
うわわわ……。
『成人の儀は、毎年行われる。成人年齢以上の半人前たちが真の漢一族を目指してブフラーで戦う総当たり戦が』
さっき俺も参加させられたやつのことか。
『毎年、一族唯一の秘術師ナーツミーが成人の儀の前に占託を行う。亀の甲を炙って入った罅の数が、その年のアヴァラガン挑戦者となる。ちなみに今年の挑戦者数は三だった』
また「秘術」か。
『本来ならば、このアヴァラガンへの挑戦者だけが種付けの儀を行うことができる。アヴァラガンへの挑戦は容易に命を落とすほど危険だからな』
マジか。またなんか戦ったりするのかよ。
そういうの俺の役目じゃないんだけどな。
『成人の儀にて下位となった者たちのうち、挑戦者数と同じ数だけが秘術により女体化し、子を孕むのだ』
『えっ』
また声を出してしまった。
無理やりナニをしなきゃって言われるのもアレなのに、その相手が今日戦ったあのマッチョたち?
負けたら本当に女にされてたところだったってのも恐怖なんだけど、しなきゃいけない相手ってのも大概過ぎる。
本気で御免被るよ。
どうやったら逃げられるだろうか。
泳いだ視線が再び小屋の入口へと向く。
『君は堂々の準優勝。子作りの権利を得たわけだ。君に負けた連中は悔しがっているだろうね』
いやいやできることならば彼らと代わってあげたいよ。女体化させられない順位の人となら。
『ちなみに拒否は……』
念のため聞いてみる。
『拒否っ?』
エビフーライは振り向いた。その眼差しには驚きが現れている。
なんで驚くよ?
いやマジで勘弁です。
(そーよ! 私という者が居ながら、浮気はダメでしょ!)
久々に聞くイヴの声。
そうか。この小屋は「安全な場所」として認識されて、仮死から目覚めたってことかな?
つーかどこから聞いていたんだろう。
(酷い筋肉痛のなか、股間を確認してたあたりから……ねぇ、股間を確認するってことはもう……)
イヴの不安が伝わってくる。
俺が股間を何かに使ったのか、と?
違う違う。そうじゃない。
俺はここに来てからのことを順を追って思い出してみた。
イヴにはこれでだいたい伝わるはず。
(わかった。小谷地は私の旦那様になるんだから、女になられるのも嫌だよ)
イヴは家族だよ。でも旦那様の件は時間があるときにゆっくり話し合おうね。
『……沈黙か。本気なんだな』
あ、こっちの話は途中だったっけ。
『ああ』
話を合わせる。
イヴ、しばらくこっちに集中するから、静かにしててちょうだい。
(……わかった)
『その種付けの儀を終えたら、アヴァラガンに挑むんだけど……ブフラーの優勝者と準優勝者がね』
『ん? さっきの三って人数は』
『大昔はその人数が全員、挑んでたらしいよ。ただね、本当に危険なんだ』
危険なのはもうわかったよ。
何度も繰り返すってことは相当なんだろうな。
『無事に帰ってこれないと立派な漢として一族には認めてもらえないから皆頑張るんだけど、命を落とす人がとても多くてね。ただでさえ、漢になったら去勢するもんだから、一族全体の人数がだんだんと減ってしまってね。それである頃からは、真に実力がある者だけ、と挑むのは優勝者と準優勝者のみに変わったんだ。ただ、人数が減った一族を増やす必要はあるので、種付けの儀については、秘術でお告げのあった人数のまま変わらずでね』
『……ちなみに優勝と準優勝って……』
さっき聞いた気もするが、改めて聞いてみる。
聞き間違いであったことを祈りながら。
『僕とモーンガイ、君だよ』
聞き間違いじゃなかったのか――あっ、そういうことか!
さっき、ヒーホーが俺に勝たせてやるよって言ったのは、準優勝にならないためだったのか!
『え、ちょっと待て。その挑戦ってやつ、勝ったら去勢、負けたら死っつう二択なのか?』
『だね』
『えっと、今年の三位って……』
『ヒーホーだね』
『……すると、彼は種付けの儀には参加するけれど、挑戦はしないってことか?』
『そうだね』
去勢も死もどちらも嫌だよ――そうだ。この世界の「歪んでいる場所」を見つけられさえすれば、ここからおさらばできるよな?
(うん……見つかったらすぐに教えるね)
そりゃ、まだ見つかっていないよね――そういやイヴは【収納】内からでも感知できるの?
(うーん。難しそう。魔力が外までは繋がっていないっていうか)
魔力が、繋がる?
そんなことができるのかな?
俺の中に新しくできた魔力器官が成長したら、なんて期待したらダメかな?
(それはわからない。もともと魔力器官を持っていない生物への移植とか、お母様の知識の中にもなかったし)
胸の奥がチクリと痛む。
イヴのお母様を――
(小谷地。今の私には小谷地って家族がいるんだから……もう、この話はやめましょ)
だね。
『……』
『ヒーホーは実は僕よりも三年歳上なんだ。彼は毎年、常に三位につけている。今年は僕と彼に次ぐ実力者と言われていたシッソーが調子を大崩しして準優勝になりかけたんだけどね。君の大活躍で最後の最後に三位へ転落したってわけさ』
『つまり、毎年、種付けだけの参加と……』
エビフーライの表情が曇る。
『そうなんだ。そうやってずっと優勝できない者が、種付けの儀にだけ参加し続けることを快く思わない漢たちも居る……それに』
『エビフーライにモーンガイ、まだここに居たのか』
のれんをかき分けて件のヒーホーが入ってきた。
『もうすぐ種付け相手を選ぶクジの時間だ』
エビフーライの眉間にシワが寄る。
『え、クジって……』
あのクジ? 抽選の?
『なんだ? エビフーライ。モーンガイにまだ教えてやってないのか? 種付けの儀の相手は、秘術のクジで決まる。もしもモーンガイが種付けしたいと思った相手がいたとしても、運良く交われるかどうかはわからんぞ?』
残念ながらいません。全くいません。
しかしエビフーライは口元を歪ませる。
これもしかして、エビフーライには意中の男が居るってことか?
自分で「意中の男」という表現を用いておいて、勝手に謎のダメージを受けてしまった。
『ヒーホー……君は毎年、手を抜いているだろ?』
エビフーライが俺に背を向け、立ち上がった。
『言いがかりだよ。お前は強い。俺よりもな。ただそれだけだ』
『お前はっ』
『おっと。ブフラーは終わったんだ。俺は先に行っているぜ。お前は早くモーンガイにあれこれルールを教えてやれよなっ』
ヒーホーは食えない笑顔で颯爽と出ていった。
エビフーライは大きなため息を一つ。
『すまない。見苦しいところを見せた』
『いや、気持ちはわかるよ』
『君はいい奴だな』
いま翻訳された「奴」っていう彼ら特有の表現は、「まだ漢にはなっていないけれど、十分に漢と呼べるだけの力と技量、そして精神を持っている男」のことだとわかる。
エビフーライのような爽やかイケメンマッチョに言われると何だか気恥ずかしい。
『お、お世辞はいいから、秘術のことをもっと教えてくれないか?』
『ああ、そうだったね』
こちらへ振り返ったエビフーライは、どことなく苦しそうにも見える。
『この世界には二つの力がある。一つは肉体。一つは秘術だ。大昔、この世界には優れた肉体を持つ種族と、優れた秘術を使う種族との二つが居た。前者は俺たち漢一族の先祖だ……とされている』
『されている?』
『俺たちの一族の中にも秘術師が居るって話はしただろ? ナーツミーさ。実はな、これは公然の秘密なんだが、俺たちの先祖が無敵の肉体を手に入れられたのは、秘術のおかげなんだ。秘術によって優れた肉体から流れる汗に、秘術を弾く成分が含まれるようになった。だからこそ、秘術しか使えない種族に勝つことができたってのに、古老の漢たちは秘術をバカにし続けているんだ』
なるほど。じゃあさっきのブフラーで俺が自身の肉体を強化するのではなく、攻撃的な魔法品を使っていたとしたら、それは弾かれていたってことか。
アブねぇ。アブねぇ。
『だが、その肉体の代償として、女性の生まれぬ一族となってしまった』
『……だからか』
『そうなんだ。秘術に頼らねば子供を作ることもできなくなってしまってね。それでも今の無敵の肉体を手放せなかったご先祖は、契約によりその秘術師の一族を名誉一族として受け入れたんだよ。彼女らは本来の一族名を棄て、一族は全力で彼女らを守る、と』
『彼女ら? 秘術師ってのは女性なのか?』
『そうだね』
女性が居るのに、種付けは男と?
『種付けの儀で、女体化してまで男と交わるのは、やっぱり一族の血統を守るとかそういう理由だったりするのか?』
『初めのうちはね。ただ、一族の人数がかなり減った時期があったって言っただろ? あの時期に、女体化する男が足りず、秘術師の女性も、名誉がついていようが一族ではあるから、と無理やり』
うわぁ。ドロドロした歴史がっ。
『そこからまた掟が変わってね。秘術師が産んだ女子は秘術師見習いとして、男子は一族として扱われるようになった。ちなみに秘術師と交わることができるのは、漢一族の長のみ。当代でいえば、僕の祖父クーリムシーヨーだよ』
そうか。
エビフーライは長の孫なのか。
『あれ? 長は漢一族じゃないのかい? 去勢って』
『それも変わったんだ。秘術師の血を、一族の中に入れることに決まったときに。漢一族が滅びないよう、長だけは「名誉去勢」ということに』
『名誉去勢?』
もうなんでもありだな。
『それでよく漢一族の皆さんは受け入れたね』
『引き換えに、本物の女性を抱ける機会を作ったからね』
『本物の……ってことは、秘術師の?』
『そうなんだ。秘術師見習いの女子を無理やり男体化させて、名誉一族としてブフラーに参加させるようになった。もちろん彼ら、いや彼女らは生まれてこのかた筋肉を鍛えたことなんてない。だから簡単に最下位となり、そして女体化ではなく男体化解除で種付けの儀に参加させられてしまうんだ』
女体化ばかりか男体化に男体化解除?
もういい加減、新情報を増やすのはやめてくれ。
『え、ちょっと待って。じゃあ、例えば今年だと』
『そうだ。ビーンは、鍛えたことなど全くないまごうことなき女の子だよ。それが男体化させられて……』
ああ、そうか。
成人の儀で、やたらと女子っぽい男が一人だけ混ざっていたっけ。
つーかそんな子のパンツを剥ぎ取る俺ってば。
『すまない』
『いいんだ。悪いのは君じゃなく、ビーンを参加させた古老たちだから』
このエビフーライ、話の流れからすると反体制派的な立ち位置っぽいと感じていたのは、そういう理由だったのか。
ふむ。
『エビフーライは、ビーンのことを他の男に抱かせたくないんだな?』
エビフーライの頬と耳が真っ赤に染まる。
『……相手はクジで決まるんだっけ。俺にできることがあったら協力するから』
というか、俺の相手になった人にもエビフーライが種付けしてほしいんだが。
『僕は変えたいんだ。今のこの歪んだ風習を』
『変えればいいじゃないか。長になって――そういや君のお父さんは?』
『僕の父アクジューンはアヴァラガンへの挑戦で命を落とした』
うーわ。長の息子でもそんなに厳しいのか。
『……度々すまない』
『いや、いいさ。それに僕は疑っている。父は実力で負けたわけじゃないことを』
また話の流れが変わったな。
『父の参加した成人の儀で一人だけ、男体化させられ参加させられたのに勝ち残った秘術師見習いが居た。タクラーマ。彼、いや彼女が父を殺したんじゃないかと僕は疑っている』
『何か証拠をつかんでいるのか? あ、いや、言えないなら言わなくていいけど』
俺が尋ねると、エビフーライは小屋の外の気配をうかがってから会話を再開した。
『成人の儀でね、何年も負け越すと周囲の圧力でもう成人の儀への参加自体が拒まれる。彼らは万年負けと呼ばれ、里の外へ出ることを禁じられる。掃除に料理に子供の世話など、戦士たる漢がやらない一切合切の雑用を押し付けられ、秘術師同様に蔑まれて一生を終える』
絶句してしまった。
最初は凄さを感じていた漢という価値観が急激に色褪せてゆく。
『僕の母、サチューもそんな万年負けの一人でね。ただ父と母は愛し合い、互いを尊重していた。だからこそ母は父に抱かれた後、翌年の挑戦を辞め自ら万年負けとなった』
純愛、なんだよね?
『そして他の万年負けたちと話すようになり、あることに気付いた。父の死の原因は自分のせいなのではないかと』
詳しく。
『母は、種付けの儀の直前、タクラーマからある特別な薬を渡されたんだ。男を奮い立たせる唾液を分泌するようになる薬ってのをね』
これはイヴの教育上よくない話。
『問題は、他の万年負けたちは初耳だと言っていたその薬の効果だよ。なんと、秘術を弾くはずの汗が、弾かなくなってしまうんだっ!』
エビフーライの声が大きくなる。
『なるほど。秘術を弾くのに女体化の秘術にかかるってどういうことかと思ったけど、なるほどね。無効化かぁ』
『なんとっ! モーンガイ、君は天才かっ?』
う。
もしかして漢一族っておバカさんだったりする?
『それを使えば、漢一族の無敵の肉体、というか秘術を弾く汗を一時的に無効化できる。そもそもこの汗は面倒な手順はあるものの、一族が生まれたときに秘術によって与えられる祝福だからね』
『なるほど。彼らのご先祖さんが、一族の肉体を無敵化するために、ってわけか』
『アヴァラガンの居る聖地へと至る砂漠にはショドイホルホイが棲む。ショドイホルホイは強力な秘術を吐くんだ』
それは危険そうだが、いま聖地って言ったろ?
シスドレクフラーでもある意味聖地っぽい場所が「歪んでいる場所」だった。
もしかしたらアヴァラガンへの挑戦って、他の世界へと追放されるために必須条件だったんじゃねぇか?
『父の遺体には、普通の漢には付くはずのない秘術による傷がたくさんあった。だが直接の証拠は見つからないままなんだ……それでも母は、父を喜ばせようとしたとはいえ、騙されたとはいえ、薬を飲んだ自分をずっと責め続けた』
哀しい物語。
『昔は僕もタクラーマを憎んでいた』
仕方ないことだよ。でも。
『昔は?』
『タクラーマも被害者だと、いまでは思える。名誉一族として守られるはずが。いつの間にか一族にとって都合の良い女として男として扱われるようになって。しかも長は、新成人が種付けの儀を行う期間に、秘術師を抱けるんだ。秘術師の一族はもう、守られていないんだよ』
胸糞悪い話だ。
だが俺、落ち着け。
俺が不快になれば、【信頼の絆】で結ばれているイヴにまで負の感情が届いて傷付けてしまう。
ここは冷静に、対策を考えようじゃないか。
『一族を変えたい気持ちはわかった。で、実際には何か作戦を用意しているのか?』
エビフーライは左手で顔を覆う。
えっと、こんなのまで翻訳してくれるのか。これは「見せられるものは何もない、という準備不足の自分を戒める恥のポーズ」だと?
『……色々考えはしたけれど、うまくまとまらないまま今日になってしまったんだ』
『おいおい』
脳みそまで筋肉かっ!
● 主な登場人物
・小谷地
地球人。二十五歳。クリストバルコロへ異世界召喚され亜空間への収納能力【収納】を得た。特級リュクク。魔力器官を移植された。テイワにて『モーンガイ・漢』の名を与えられ、成人の儀で準優勝した。
・母魔王
クリストバルコロの十一代目魔王。勇者パーティに倒された。現在その骸は小谷地の収納の中。
・イヴ
勇者パーティに倒されたクリストバルコロの魔王の娘。正式名はイゥヴェネッシェーレ。魔王の子は子宮内で外のことを学習するため、多くの魔法や日本語をも学んだ。【仮死化】により魔王の子宮内で仮死状態だったため魔王の骸と一緒に収納されていた。
・ヨー・ミズイー・ヨイス・デドーショ九世
頭髪がない代わりに頭のてっぺんに角みたいな突起がある男の子。五百年前に生きていたが、現在は「生きていない」状態。小谷地の【収納】により森の民の遺跡から脱出成功。そして再び【収納】内へ戻ることを望んだ。
・屍戦士、屍騎士、屍大戦士
ヨーが五百年かけて集めた部下。見た目はスケルトン。現在は、小谷地の亜空間に格納されている。
・漢一族
「全裸-弱点=最強」という方程式のもと、去勢により弱点を棄てた全裸最強種族。その汗は秘術を防ぐ。ブフラーという競技で成人の儀を行う。爽やかに見えるがドロドロの歴史を持つ。
・エビフーライ・漢
ブフラー五戦目の相手。イケメンマッチョ。魔法薬ドーピングが切れた小谷地にらくらく勝利。成人の儀の優勝者。
・ビーン
ブフラー六戦目の相手。やたら色気があるものの、終始逃げの姿勢で儀式円の縁まで追い詰められ敗北。実は男体化させられた秘術師見習いの娘。エビフーライの想い人。
・ヒーホー・漢
ブフラー七戦目の相手。バランスの取れたマッチョでどう見ても実力者なのだが、小谷地にわざと負けた。去勢を避け毎年第三位で種付けの儀だけ楽しみたいエンジョイ勢疑惑。
・秘術師
秘術使い一族を裏切って漢一族に秘術無効となる汗を秘術で授ける代わりに、名誉一族となったが、その盟約はいつの間にか守られなくなった。その娘は秘術師見習いに、息子は漢一族として育てられる。
・ナーツミー
現在、漢一族唯一の秘術師。亀の甲を用いて占託をしたり、女体化の秘術などを使う。
・クーリムシーヨー・漢
漢一族の長。エビフーライの祖父。名誉去勢で男性器は失っていない。秘術師を抱く権利を持っている。
・アクジューン・漢
エビフーライの父。成人の儀で優勝し、種付けの儀の後、アヴァラガンへ挑戦して死んだ。殺された疑惑がある。
・タクラーマ・漢
アクジューンと同じ年に男体化させられ参加させられた成人の儀で第三位となり貞操を守った秘術師見習い。サチューを騙してアクジューンの汗を無効化させた疑い。
・サチュー
エビフーライの母。アクジューンとは愛し合った。タクラーマに騙されアクジューンの死の原因となったことを悔いている。成人の儀で一回負けただけで自ら万年負けの道を選んだ。




