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第14話 鉄と雷の階層、覚醒を知る男

 ──鉄と雷の階層。

 ジェミニ神殿の第二階層に足を踏み入れた瞬間、ハルは直感的に分かった。

 ここは、これまでの瘴気の階層以上に、危険だ。


 金属の壁が無数の光脈を走らせ、そこからは絶えず紫電がほとばしっている。

 床もまた同様で、踏むたびに鉄板が軋み、魔力の反応で微かに震えた。


「お、おい……大丈夫かこれ……?」


「“大丈夫か”じゃないっしょw 既にぬう度、常時40超えてるし♡」


 Hマウがヘラッと笑いながら言う。


「ぬう度が高いって事は……このフロア自体が異常に魔力密度高いってことですの」


 Nマウが足元をスキャンしながら告げる。


「魔力回路を通す度にトラップが連鎖しますの。戦えば戦うほど……この階層、崩壊しますのよ」


「やだ、何それ。慎重に行きましょう?」


 セリナが星冠のついた頭を少し揺らし、心配そうに言った。

 だが、心配の矛先は主に彼だった。


「……俺だって分かってるよ」


 ガルドは斧を肩に担いだまま、薄暗い鉄の廊下を睨んでいた。

 その顔には、いつもの「知らんけど」やら滑り芸の気配が無い。

 ただ、どこか怖れているような、でも逃げる気など微塵もない、変な表情だった。


「……昔、似たようなとこで失敗したことあってな。鍛冶場みたいな、こんな鉄の迷路みたいな場所で」


 ガルドがボソリと言う。


「知ってる。だからお前が先頭だ。頼むわ」


 ハルは冗談みたいに言って、彼の背中を軽く押した。


「お、おい! 何しれっと任せてんだ!!」


 ガルドは振り向きざまに叫んだが、その顔は少しだけ笑っていた。

 そのとき――


 鉄壁の奥で、突如として何かが駆動する音が響いた。

 次いで金属を擦り合わせるような轟音。


「……敵ですの!」


「ぬう度アラート反応! 来るっしょ♡」


 次の瞬間、鉄板の床を突き破って現れたのは、

 全身を重装甲で覆い、雷のラインが脈動する 機械鎧の兵士。


 しかも、一体や二体じゃない。

 四体、いや五体……その奥からもさらに続々と立ち上がる。


「重装歩兵型AI部隊……完全武装ですの」


 Nマウの瞳が一瞬だけ強く光った。

 ガルドが大きく息を吐いた。


「――ったく、仕方ねえな。やってやらぁ……知らんけど」


 そう言って、斧を両手で握りなおした。


「構えるぞ……来る、知らんけど!!」


 ガルドが叫んだ直後、重装歩兵AIたちが一斉に動いた。

 その巨体が鉄板を踏み抜くように走り、手にしたランスやハンマーが雷光を纏う。


「ギギ……命令……進行阻止……」


「くっ……数が多いっすよ、これ!」


 クロエが杖を構え、リイナは短く息を吐いてから盾を掲げた。


 バチィィン!!


 そのエネルギーは金属のフロアを伝って一気に広がる。

 エネルギーは金属のフロアを伝って一気に広がる。


「わっ、足元に雷……!」


「ぬう度急上昇……床の回路がリンクしてますの!」


 Nマウが慌ただしくログを操作する。


「ハル! ぬうLink補正、私たちに集中させるから……!」


 セリナの癒し領域が急速に展開し、電撃が触れた瞬間に相殺する。

 だが敵の数が多すぎる。全てを捌ききれない。


「うおおおおッ!!」


 ガルドが斧を振りかざした。

 刃は雷を吸い込むようにギラつき、そのまま敵のランスを弾き飛ばす。


ガンッ!!


 金属が弾け飛び、火花が咲く。

 それでも重装兵はひるまない。

 別の個体が雷をチャージし、再び突撃してくる。


「知らんけど、こんなもんじゃ済まねえだろ……!」


 ガルドは悔しそうに唸った。

 重たい斧を引き戻し、息を整える。

 その瞬間だった。


(ぬう度測定値、限界突破――90.1。ぬう閾値超えましたの。Linkコア、自動接続開始ですの)


 Nマウの声が、冷たく響いた。


「は?」


 ハルが目を見張るより早く、

 ガルドの持つ斧が――

 雷光を吸い込みながら、不気味に脈動を始めた。


「な、なんだコレ……!?」


 斧は金属なのに、生き物のように呼吸していた。

 青白い雷の脈が斧の表面を這い、まるで血管のように鼓動する。


「ガルド……?」


 リイナが思わず声をかける。


「……俺が、宿る」


 ガルドが小さく呟いた。

 そして――


「俺が宿るぅぅぅッッ!!!」


 斧を振り下ろした。


 バリィィィン――!!


 床を走る魔力回路がその一撃に共鳴し、

 敵の重装歩兵へ逆流するように雷が跳ね返る。

 重装兵たちの鎧が一瞬にしてスパークし、内部の回路が爆ぜ、巨体が崩れ落ちた。


「え、何それ……」


 ハルがぽかんと口を開ける。


「にゃははw 超ぬう斧=マジ斧(勝手に命名)爆誕にゃー!」


「勝手にすんなケトルん!!」


 ガルドは斧を肩に戻し、息を整えると、


「よく分からんが……軽くなったけど振れる、知らんけど」


 と呟き、また前を向いた。


 ガルドの斧から放たれた雷光の余韻が、鉄の回廊を駆け巡っていた。

 崩れ落ちた重装歩兵の残骸からは、未練がましく紫電が漏れ出し、床を這っては消える。


「はぁ……はぁ……」


 セリナが癒しの杖を地面につき、息を整える。


「……マジで、今の何だったんっすか?」


 クロエが引きつった笑みを浮かべている。


「ぬう度、限界超えたLinkが発動して……ガルド自身がスキルのコアを上書きした形ですの」


 Nマウが冷静に解析を続けていた。


「……それって」


 ハルが恐る恐る問う。


「通常ならAIが担う計算領域を、あの脳筋が自力でやったという意味ですの。

 ――よって、あの斧はもうガルドの“魂装”ですの」


「は? 魂装!?」


 ガルドが思わず振り向く。


「にゃっは♡ いいじゃん、渋っ! しかも勝手に脈動してるしw」

ケトルんがしっぽをバタつかせて笑う。


「……やめろよ、気持ちわりぃな……」


 ガルドは照れ隠しのように言ってから、斧の柄をギュッと握った。

 だがその手には、確かにこれまでにない力の実感があった。


 斧が軽い。いや、重さ自体は変わらないのに、それが自分の神経と繋がって、勝手に補正されているような感覚。


「……ま、いいか。振れる、知らんけど」


 そのとき。


 ズズズ……ッ!


 鉄の床下を走っていた魔力回路が、

 ガルドの一撃による逆流で、別方向に大規模な負荷を起こしたらしい。

 壁が、天井が、振動を始める。


「きゃっ!?」


 セリナが思わずハルの腕を掴んだ。


「おいおい、マジかよ……」


 ハルも青ざめた。


「鉄と雷の階層、その全域の負荷分散が崩壊してますの」


 Nマウが淡々と言う。


「やべぇやつじゃん、それ!?」


「やべぇやつっすねぇw♡」


 Hマウがニヤニヤしながら指を鳴らした。


「早く突破しないと、この階層ごと落ちますのよ」


 その声に応えるように、

 PT全員が自然と駆け出した。


 先頭はガルド。

 雷の回路を踏み越えるたび、彼の斧が微かに光って安定を補正していく。


 その後をクロエとセリナ、リイナが護衛しながら続く。

 ハルは何度も足を取られそうになりながら、必死についていった。


「はぁ……はぁ……おい、待てよっ!」


「知らんけど急がねーと終わるだろ!」


「終わらせませんわよ……絶対に!」


 セリナの癒しフィールドが連続で展開され、

 崩れかけの鉄回廊を一時的に固定化する。


 Nマウが即座にそのデータを拾い、補正。

 AIと人間のLinkが、ギリギリの綱渡りで命を繋いだ。


 出口はもう目前だった。

 大きくひび割れた鉄の門扉の向こうに、微かに次の階層へ繋がる魔力の流れが見える。


 だが――


「ガシャン……ギギィ……」


 その門の前に、巨大な影が降り立った。


「っ……デカい、ですね」


 リイナが低く構える。


 それは他の重装歩兵より一回り大きな機体。

 全身が黒鉄で覆われ、関節部に電撃を蓄える補助輪が何重にも張り付いている。


「完全特化個体ですの。雷属性を際限なくチャージして、接近する者を感電死させる設計ですの」


 Nマウの声にも、さすがにわずかに緊張が走っていた。


「……どうする?」


 ハルが問う。


「決まってんじゃねぇかよ」


 ガルドは一歩前に出る。

 その瞬間、重装兵の巨体がギチギチと音を立て、

 肩部から伸びる巨大なコイルが一気に輝いた。


 ズバアッ!!!


 轟雷がほとばしり、目の前の鉄板を融解させる勢いで突き進んできた。


「来るっ!!」


 ハルが叫んだ。

 リイナが即座に前に出て盾を張る。

 セリナの癒し領域が展開され、クロエが補助魔法を詠唱する。


 だが――


「リイナ、後ろ下がれ!」


 ガルドが言った。


「はあ!? 何言って――」


「お前じゃ防げねぇ……っつーか、これは……俺のだ!!」


 斧を地面に突き立て、全力で腰を落とす。

 斧の脈動が一気に跳ね上がり、雷を吸い込むように光が集中した。


「……俺が宿るっ……!」


 ガルドの瞳が、青白く光る。


「喰らえやゴラァァァァッッ!!」


 雷撃がガルドを襲う。

 だが斧が全てを受け止め、逆にその雷を“蓄電”していく。

 斧が生物のように脈を打ち、そこから弾ける光は完全に魔法の領域。


「うっひゃー、超ぬう斧パねぇっしょ♡」


 ケトルんがどこか呑気に叫んだ。


「勝手に名付けんな!!」


 ガルドが叫び返した瞬間、斧が悲鳴のように唸り、

 そこから全方向へ雷撃が炸裂。


 重装歩兵の巨体が雷の奔流に飲まれ、

 装甲の内部から次々とスパークが溢れ出す。


「ギ……ガ……」


 音を立てる間もなく、巨体は崩れ、鉄の床を焦がしながら沈んでいった。


「……っは、はあ……」


 ガルドが膝をつく。


「よく分からんが……軽くなったけど振れる……知らんけど」


「にゃっは♡ 決まったねー!」


 ハルがふっと笑う。

 そして思う。


(……このPT、マジでどこまで行くんだよ)


「……ふぅ。全員無事ね?」


 セリナが癒しの光を漂わせながら、仲間たちを見回した。

 リイナも肩で息をしつつ、無言でガルドの肩をポンと叩く。


「知らんけど、お前やるじゃん」


「うるせぇ……別に、やりたくてやったわけじゃねーし……」

照れくさそうに頭を掻くガルド。


 だがその口元は、確かに少し笑っていた。

 その様子を、ハルは少し離れた場所から眺めていた。


(……結局、俺って何かしたか?)


 心の底からそう思う。

 いや、何もしてないわけじゃないのかもしれない。


 Linkしてるのは全部自分の魂だ。

 三姉妹はいつもそう言っていた。

 だが――


「……あれ? おれ、何かできたっけ?」


 口から零れたその言葉に、

 三姉妹は誰も答えなかった。ただ、戦いは終わっていた。


「……次のログを取得しましたの」


 Nマウが再起動した解析スクリーンを操作しながら告げる。


「ジェミニ神殿の第三階層……最奥ログですの」


「つまり、いよいよ――」


 セリナが息を呑む。


「最終試練ってことっしょ? ちょー胸アツ♡」


 Hマウが頬に指を当ててにやりと笑う。


「冗談じゃねぇ……」


 ハルは頭を抱えた。

 だが、その顔はどこか楽しそうでもあった。


「よっしゃ……行くか、最後まで知らんけどな」


 そう言って立ち上がったガルドの背を追い、

 PTはまた一歩、奥へと進んでいった。


 ジェミニ神殿――

 最終階層へ向けて。


   つづく



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