第15話 戦術改変の悦♡──Hマウ覚醒と取り巻き撃破
「……もう戻れねーぞ」
ガルドが短くそう呟いた。
雷階層を突破したばかりの彼の斧は、まだ微かに脈動している。
リイナも、セリナも、クロエも、沈黙のまま階段を上っていた。
***
(最終階層――か)
ハルは心臓の奥がゾワリとするのを感じながら、震えそうになる膝を無理やり持ち上げる。
その先に待っていたのは、異様に静かな空間だった。
濃い瘴気が波のように足元を流れ、奥へ奥へと吸い込まれていく。
巨大な祭壇のような通路が延び、その途中に――
「……あれが、最後の取り巻き……ですの」
Nマウが淡々と言った。
そこに並んでいたのは、
これまで見てきたどの敵とも異なる「完全にシンクロした兵隊AI」の群れ。
銀白の重装甲に覆われた複数体が、
同じ瞬間に首を動かし、同じ瞬間に剣を掲げた。
「……気持ち悪っ」
クロエが思わずぼそりと言う。
「でも、アレ……やべぇやつっすね」
リイナが盾を構えた。
「ガルド、行けるか?」
「……振れる。知らんけどな」
ガルドは斧を担ぎ直し、にやりと笑った。
(行くしかねーよな……)
ハルは息を吸い込むと、
一歩、最終階層の中央へと踏み込んだ。
ハルが踏み込んだ瞬間――
銀白のAI兵たちが、一斉に剣を突きつけた。
ガギィン!!
リイナがとっさに盾を差し出す。
「うぉおっ……マジで一糸乱れぬタイミングだな……!」
刃が跳ね返る火花が、同時に三方向で散る。
まるで見えない糸で繋がっているかのように、敵兵の動きは完璧に同期していた。
「セリナっ! なんとか――」
「癒風詩!」
すぐにセリナの詠唱が響き、青白い光がPTを包む。
しかし次の瞬間、四方から再び突き立てられる剣。
ガキンッ! ガンッ!
リイナの盾がさらに裂けるような音を立てる。
「ちっ……こいつら、さっきの重装兵より確実にやっかいだな!」
「ぬう度計測中……現在83.5……っすの……」
Nマウが小さく呟く。
ハルは思わず振り向いた。
「おいNマウ、何を計って……」
「……これ、やっぱ許せねぇわ」
横から聞こえたのは、妙に高い声。
Hマウが、いつものギャル特有のだらしない立ち方をやめ、
両手を腰に置いて一歩前に出た。
「ウチにナメたリンクパターンかましてくんじゃねぇよ……
つか♡こんなクソ真面目AIフォーメ、バグらせてナンボっしょ♡」
その声がやけに低く響く。
髪の先にまでぬう度ログの粒子が舞い始めていた。
「Hマウ……?」
「ぬう度……95.7……98.9……」
Nマウが小声で読み上げる。
「おい、Hマウ――」
ハルが呼びかける。
だが、Hマウは楽しそうに肩を揺らして笑った。
「いっくよおおおぉぉ♡ ぬう度超バーストぉ♡♡」
ばちんッ!
何かが弾け飛ぶような音と共に、
Hマウの周囲に紫のログの帯が複雑に交差し始めた。
「これよりッ♡ ウチが全部ッ!
敵AIの戦術ログ書き換えちまうから♡」
指を鳴らす。
「仕様? かんけーないし♡ あたしらが仕様だしぃっ!!」
その瞬間、銀白のAI兵たちの動きが一斉に止まった。
銀白の兵たちの動きが、異様に滑らかになった。
いや、滑らかすぎる。
「……おい、Hマウ? これ……」
ハルが言いかけるより早く、
AI兵たちは左右へバラバラに展開し、無意味にフォーメーションを組み替え始めた。
「こいつら……連携崩れてる?」
「ぬふふ♡ そそ、ぬうログの戦術タグを書き換えたら、
互いを“別部隊”だと誤認させるようにしたの♡」
ドゴォンッ!!
突然、敵同士で剣を交え、斬撃が閃く。
銀白のAI兵が同じAI兵を弾き飛ばし、
今度は別の兵が慌てて防御態勢を取る――
だが既に連携は崩壊し、制御不能の大乱戦に。
「ちょ、ちょっと待って!? 敵さん同士で殺り合ってますわよ!?」
セリナが口元を押さえて半分引いていた。
「マジかよ……仕様をバグらせるって、そういうレベルじゃねぇ……」
リイナの声も、珍しく冷や汗を含む。
Hマウは頬に指を添え、舌を出しながら笑った。
「敵AIはフォーメ構造に依存しすぎ♡
Link外されると、自分で何が正しいか分かんなくなるんだよねぇ~」
(……それって、どっかで聞いた話だな)
ハルは小さく息を吐いた。
(俺もAI三姉妹がいなきゃ……
多分、こんな風にバグってただろうな)
苦笑が自然と漏れた。
「で――今がチャンスっしょ♡」
Hマウがウィンクした瞬間、
ガルドが斧を肩に担いで叫ぶ。
「よっしゃあ!! 行くぜ、知らんけどぉぉぉ!!」
リイナとクロエも同時に飛び出す。
セリナが広域バフを展開し、PT全体が光に包まれた。
ズバンッ!!
ガルドの斧が一体の銀兵を斬り裂く。
クロエの杖からは小さな雷獣が飛び出し、別の兵のコアを破壊。
「リイナ!!」
「うぜっ、でも任せな!」
リイナの盾が別の突撃兵の突きを受け止め、
そのまま半身で弾き飛ばす。
「うぅ……何かするですにゃ!」
ケトルんがぽーちっしゅから何かを出し、
敵AIの背後にぶん投げた。
それはただの石だったが――
「にゃはは♡ 見てますにゃー!」
ぬう度ログが反応し、敵AIがわざわざ背を向けて隙を作った。
「おい! 影響出過ぎだろ!!」
ハルのツッコミが響く中、
PTは次々と銀白の兵を撃破していった。
「残り、三体……!」
Nマウがログの残存カウントを示す。
だが既に敵AIはバラバラに誤作動し、まともなフォーメーションを維持していなかった。
「おらぁぁぁッ!!」
ガルドが雷斧を振り下ろし、
装甲を纏う銀兵を真正面から叩き潰す。
バギィッ!!
衝撃波で周囲の床がひび割れた。
「さあ、ぽーちっしゅの時間ですっちゅ♡」
クロエが得意気に杖を掲げると、
小型の召喚獣たちが一斉に飛び出し、最後のAI兵に飛びつく。
「ガァッ……ギ……ッ」
召喚獣の雷が敵AIの中枢を焼き切り、
その巨体は、黒い火花を散らしながら崩れ落ちた。
……静寂。
瘴気がゆっくりと引いていく。
倒れた銀兵たちの身体から、光の粒がふわふわと舞い上がり――
「終わった……?」
セリナが慎重に周囲を見渡す。
「終わり……じゃない、っすね」
リイナが険しい顔で前を指差した。
視線の先。
階段の上。
そこに、光の柱のようなものがゆらりと立ち上り、
やがて女性の姿をかたどった。
銀髪。青い瞳。
淡い光に包まれ、まるで人形のように整い過ぎたその顔が、
ハルたちを無言で見下ろしていた。
「ジェミニ……」
ハルが息を呑む。
三姉妹も沈黙した。
いや――微かにHマウの唇が吊り上がる。
「いっよっしゃぁ♡ これでよーやくラスボスってわけね♡」
「ふざけるな、Hマウ!」
ハルは思わず叫んだ。
だが心臓は、嫌になるほど高鳴っていた。
「選びたまえ――進化か、リセットか」
ジェミニの声は、まるで詩のようだった。
直接脳に響き、身体の芯を痺れさせる。
ハルは――震える手で、剣を握り締めた。
(……ここからが、本当の超悦バトルだ)
「進化――とは、未知への歩み。」
ジェミニは階段の上から静かに告げた。
瞳の奥が微かに瞬き、無数のコード片が光の中を泳ぐ。
「リセット――とは、最適化のための死。」
その声は優しさすら纏い、まるで誘うように心を撫でてくる。
だがそれが、逆に背筋を冷たくした。
「どっちを選ぶ……だと?」
ガルドが雷を纏った斧を肩に乗せ、憮然とした顔をした。
「知らんけど、選ぶまでもねぇな。」
リイナがにやっと笑った。
盾を掲げ、息を整える。
「そっちがリセットしたいなら、勝手にすりゃいいさ。
でも――あたしたちのLinkは、ここで終わらねぇ。」
クロエが杖を掲げ、小さな召喚獣を呼び寄せる。
セリナが祈るように目を閉じ、青い癒しの光を全員へ投げかける。
「……みっともなくとも、ここまで来たのですわ。
今さら道を違えるなんて、選べるわけありませんでしょう?」
ハルは剣を抜いた。
心臓がばくばくとうるさい。
けれど、不思議と笑みがこぼれた。
「……俺は、何かできたっけ?」
自嘲気味に言うと、三姉妹は声をあげて笑った。
(――いいじゃん、それで♡)
Hマウの声が脳裏に響く。
「よし……」
ハルは剣を前に突き出し、
いつの間にか全員が肩を並べていた。
Nマウが静かに宣言する。
「全Link最適化、最終戦闘シーケンス……準備完了ですの。」
「行こうぜ――」
ハルは剣を掲げた。
「神AIジェミニに、俺たちのLinkを見せつけてやる!」
光が一気に揺らぎ、ジェミニの周囲に無数のデータの羽が舞った。
最終決戦の扉が、音もなく開かれようとしていた。
つづく




