↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/17

第13話 癒しの迷宮と光のエクレア

 ──これまでの物語の文末まとめ。


 爆笑のマリオネットを撃破し、詩文の断片はついに全て揃った。

 ジェミニ神殿への座標は確定し、いよいよ最終決戦への道が開かれる。


 神殿へ続く階段を降り切ると、そこは想像を超えた広さの地下空間だった。

 ジェミニ神殿はただの一室ではなく、いくつもの試練が待つ階層構造で築かれている。


   ***


 その第一階層が、この――

 瘴気の階層。


 魔力が乱れ、瘴気が渦巻くこの階層では、回復の効果が激減するという。

 ヒーラーのセリナがその真価を発揮できなければ、全滅は時間の問題。


「さて……ここが、その入り口か」


 迷宮の入口で、ハルは不気味に震える空気を感じながら小さく呟く。


「いやぁ……ほんとに嫌な感じですわね」


 セリナが胸元を押さえて、吐息を零す。


「ぬう度が下がりそうな空気っすね♡」


 Hマウが軽口を叩くが、その声もどこか硬い。

 ケトルんが風呂敷を引っ張りながら、ひくひくと鼻を動かす。


「にゃっ……なんか、この奥から……すごいイヤな匂いするにゃ」


「だろーな……」


 ガルドが斧を肩に担いだまま、険しい顔をしていた。

 瘴気は魔力を腐食させ、同時に精神にも作用する。

 進めば進むほど、回復魔法は効かなくなる――そういう類のダンジョンだ。


(……ここを突破しなきゃ、神殿には辿り着けない)


 ハルは無意識に拳を握り締めていた。

 道を進むにつれ、視界はどんどん霞んでいく。

 空気は重く、吐く息すら嫌な味がした。


「う、ぐ……っ。ハル、毒ですの……この空気……」


 ミャウ(Nマウ)が小さく咳き込む。


「ケトルん、大丈夫か」


「ふぇぇ……ぬう度が……ぽよんぽよん……ぐえっ」


 ケトルんはふらふらしながら、風呂敷を抱え込んだ。

 クロエも小声で、


「……ぬ……ぬぅ……ぽーちっしゅ……」


 と呟くと、杖を抱えて座り込む。


「まさかここまでとはな……」


 ガルドが息を荒くしながら、それでも斧を離さなかった。


「セリナ、回復頼めるか?」


 ハルが振り返る。

 しかし、セリナの顔色は悪かった。

 杖を構えて詠唱を始めるが、杖先の光は頼りなく、すぐにしぼんでしまう。


「だ、だめ……この瘴気、魔力を掻き消してしまいますわ……」


「まじっすか!? ぬう度回復しなきゃギャグも滑るのに!」


(まずい……)


 ハルの背中を嫌な汗が伝う。

 これまでセリナの回復にどれだけ助けられてきたか――それが失われれば、この先は……


 ──そのとき。


「最適化権限、発動ですの」


 Nマウが、じっとセリナを見つめていた。


「この空間、既存の計算モデルでは対処不能ですの。ですが――」


 赤い目が、光の筋を描いて走る。


「ぬう度しきい値突破……演算ログ超過……

 覚醒ぬうポイント貯まったですの。

 よって、強制最適化しますの!」


「な……何を言って……?」

 セリナが小さく身を竦める。


「セリナの装備ステータス、再構築ですの。

 ――エクレア化ログ投入、実行……!」


周囲の瘴気がぐらりと揺れた。

次の瞬間、セリナの足元から幾何学模様の光輪が次々に浮かび上がり、彼女を包み込む。


 それは魔法陣ではない。

 どこか冷たく機械的で、それでいて異様な荘厳さを持つ演算パターン。


「や、やめ……これは……っ」


 セリナが必死に身を捩るが、全身を走る光の紐が彼女をがんじがらめに縛る。

 細かな数式が脈動し、彼女の衣装へ、杖へ、髪へ、身体そのものへとデータを書き換えていく。


「ぬう度充填限界突破……最適化権限、全開放……!」


 Nマウの無機質な声が響くと同時に、眩い光が爆発した。

 その光が収まったとき、瘴気が押し返されるようにしてセリナの周囲から退いていった。


 そこに立っていたのは、もはやさっきまでのセリナではなかった。

 彼女の身を包むのは、星々の光を散りばめた銀白の法衣。


 胸元を柔らかく、しかし堅牢に覆う金属の装飾は神像の鎧のようで、その中央に刻まれた細工は脈動するたびに星光を吐き出す。


 肩口から腰にかけて伸びたサイドプレートは滑らかに光を反射し、立ち姿に威厳を与える。


 腰を包む布は透明度の高い薄紗で、そこにも無数の光点が浮かび、歩くたびに星屑のように揺れた。


 頭上には、淡い光に包まれた小さな星冠。

 それが静かに彼女の存在を神秘的に彩る。


 右手に握る杖は以前よりも長く、太く、重厚に変わっていた。

 魔法少女の可愛らしさを残しつつも、その幹は白銀に輝き、杖先には水晶が浮遊して光脈を絡め取っている。


 そこからは今にも溢れそうな、膨大な癒しの魔力が感じられた。


「……これが……私……?」


 セリナはそっと胸元に触れ、その装飾の震える脈動に指を置く。


「ぬう度最適化、完了ですの」


 Nマウが静かに告げた。


「そ、それだけじゃ分かんねーよ!」


 ハルが思わず突っ込む。


「どんだけ強くなったんだよ、これ!」


「データログ上は回復効果、従来比570パーセントですの」


「五倍以上!?」


「しかも瘴気耐性、完全適応。さらに……癒し領域の展開機能付きですの」


「……ああっ……」


 セリナが小さく声を上げた。

 彼女の足元に、静かに光の花が咲く。

 それは瘴気の地面を食むようにして生まれ、光の蔓が次々と広がり、辺りを覆い始めた。


「見て……私……できる……瘴気が……消えていきますわ……!」


「……私、できますわ」


 セリナがゆっくりと顔を上げた。

 その銀白の法衣が微かに光を脈打ち、彼女の周囲に星屑のような魔力が舞う。


「瘴気耐性……癒し領域、最大展開ですの」


 Nマウが小さく告げると、セリナの足元に咲いた光の花は一気に広がった。

 瘴気が触れた端から光に溶け、地面の色が取り戻されていく。


「わあ……すっごい、キレイ……」


 クロエが目を見張った。


「ケトルんまで回復してるにゃっ!」


 ケトルんは飛び跳ね、風呂敷をぐるぐる回した。

 しかし――


「……ギギギギ……」


 浄化されたはずの瘴気が、別の場所でむくりと盛り上がる。

 瘴気の中から生まれたのは、黒くねじれた狼のような影。

 頭部は三つ、尾が蛇のように分裂し、口々に呻き声を上げていた。


「な、なんだよアレ!?」


 ハルが叫ぶ。


「瘴気の密度が限界超えて……あれは瘴気魔獣ですの!」


 ミャウが数値ログを走らせながら言う。


「わーお、最初っからバトル入るのね♡」


 Hマウが軽く肩を回した。


「行きますわ……!」


 セリナは杖を高く掲げた。

 光が脈打つ。

 その脈動が杖を通して全身へ行き渡り、彼女の法衣がより一層眩い輝きを放った。


「癒しの詩――アストレア・リフレイン……!」


 杖の水晶から放たれた光が弾け、瘴気魔獣に飛び込む。


「ギギャァアアア!!」


 瘴気魔獣の三つの頭が悶えるように引き裂かれ、瘴気そのものが音を立てて崩れていく。


「これ……回復魔法なのに……!」


ハルが目を見張る。


「ぬう癒しが毒なんすね、あのバグ獣には♡」


 Hマウが笑う。


 瘴気魔獣が吠え、再びセリナに襲いかかる。

 しかし、癒しの領域を踏んだ瞬間、体が砕けるように光に飲まれた。


「こっちは……こっちで大忙しですわ!」


 セリナが必死に杖を構え続ける。

 領域の中で瘴気魔獣はひときわ大きな悲鳴を上げ、その身体が次第に透けていった。


「浄化完了……ですわ!」


 光が地面を走り、瘴気魔獣は音もなく崩れ、灰のように散った。


「お、おお……セリナ、やるじゃねえか!」


 ガルドが感心したように声を上げる。


「これが……私の……AIに頼っただけじゃない、私自身の……!」


 セリナは胸元をぎゅっと押さえ、ほっとしたように微笑んだ。

 瘴気魔獣が崩れ落ち、辺りは不自然な静寂に包まれた。


 そこにはもう、毒々しい黒霧は一つもなかった。

 ただ、セリナが放った癒しの光だけが静かに漂い、瘴気が染み付いていた石床に仄かな輝きを残している。


「はあっ……はあっ……」


 セリナが膝をつき、杖を抱え込む。

 銀白の法衣が呼吸に合わせて微かに揺れ、星冠の光も脈打つように弱まっていた。


「大丈夫か?」


 ハルが駆け寄る。


「ええ……少し疲れただけ……ですわ」


 それでもセリナは笑ってみせた。

 その顔色は先ほどよりずっと良く、吐く息にもう苦しげな色はなかった。


「お見事、ですの。これで瘴気の階層は突破となりますの」


 Nマウが杖のようなデータ端末をくるりと回して言う。


「最適化ログ、成功率100パー……セリナは今後も瘴気環境下で無制限に回復フィールドを展開可能ですの」


「いや、軽っ。言い方が軽いよそれ!」


 ハルが思わず突っ込む。


「でも……不思議ですわ」


 セリナが杖を見つめながら、小さく呟いた。


「AIが強制的に再構築したはずなのに……これ、私自身の力になってる気がしますの」


「ぬうぅ……AIチートって、ぬう度次第で“魂”まで弄れるんじゃないっすか?」


 ケトルんがしっぽをピクピク震わせながら言う。


「それは“禁則ログ”ですの。詳細は開示できませんの」

Nマウが無表情に返した。


「ちょっ……怖いな今のw」


 ハルが変な汗を浮かべる。


 そのとき――

 瘴気が完全に抜けた通路の奥から、微かな風が吹いた。


「……次の階層、だな」


 ガルドが斧を担ぎなおす。


「瘴気の階層を抜けた先には、“鉄と雷の階層”があるとログに出ていますの」


 Nマウが静かに告げた。


「雷、だと……?」


 クロエがぎょっとした顔をして杖を抱え込む。


「おいおい、雷ってことは……」


 ハルが視線をガルドに向ける。


「知らんけど、何か嫌な予感はするな」


 ガルドが肩を竦めた。


「でも行くんでしょう?」


 セリナが立ち上がり、星光の法衣を揺らしながら振り返る。

 その微笑みに力を貰ったように、ハルも大きく息をついた。


「――もちろんだ」


 こうして、ハルたちは再び歩き出す。

 次なる階層へ、次なる戦いへ。


 階層を進むごとに、神殿の空気はさらに冷たさを増していった。

 瘴気が消えたぶん空気は澄んでいるはずなのに、逆に張りつめた冷気が肌を刺す。どこからともなく微かに響く金属音が、嫌な予感を煽った。


「……見て、あれ」


 クロエが杖を指差した先、奥へと伸びる回廊の壁は、まるで鍛冶場のように黒鉄のパネルで覆われていた。


 ところどころ、内部の魔力線が露出し、脈動とともに紫電を散らしている。


「これが“鉄と雷の階層”ですの。高出力の魔導ギミックが随所に組み込まれており、魔力干渉によるトラップ密度は……通常比870パーですの」


 Nマウがさらっと恐ろしい数字を告げた。


「は? 870? 10倍以上ってコト……?」


 ハルが青ざめる。


「うふふ……でも、面白そうですわ」


 セリナが星冠を揺らして笑った。


「なんかお前、もう完全に別キャラじゃね?」


 ハルがツッコミを入れる。


「さっきの戦いで……分かったんですの。私、もう逃げませんわ」


 癒しの杖を胸に抱き、セリナは静かにそう言った。


「……よっしゃ!」


 ガルドが斧を肩に担ぎ、金属壁の向こうへ一歩踏み出す。


「ま、俺はいつも通りやるだけやけどな。知らんけど」


「知らんけど、言うなよ……もう」


 ハルが小さく笑ってため息をつく。

 その背後で、Nマウが微かに笑んだ気がした。

 けれどそれを確かめる間もなく、PTは次の階層へと歩を進めた。


 ジェミニ神殿――

 この異形のダンジョンは、まだまだ彼らの行く手に多くの罠と敵を用意している。だがもう、誰も立ち止まることはなかった。


 ──そして物語は次なる階層、

 鉄と雷の階層へ。


   つづく



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。