第12話 最適化せよ、ぬうの権限を!
ジェミニ神殿の位置が明らかになったことで、ハルたちはダンジョンを越えてその地へ向かうが、帝国騎士団R・Pushが先回りして待ち伏せしていた。
ケトルんの身体に埋め込まれた“ぬうチップ”が居場所を特定される原因となっていたのだ。決戦の中、ガルドが覚醒し、ついにパーティ全員(ハルを除く)が“第一段階覚醒”を果たす。
しかし戦いの最中、突如現れた「ダース・ペーター」により戦況が一変。部隊の影武者を盾に立ち回るその姿に、ハルたちは爆笑しながらも辛勝。
戦闘の末、帝国騎士団R・Pushは壊滅状態となった。
──そして、物語は新たな脅威の前触れへと進む。
***
迷宮の入り口は、岩壁の奥にぽっかりと開いた、歪な円形の穴だった。
「……これが、神殿へ至る最終経路──」
(また、地下かよ……)
つぶやく俺の声に応えるように、ぽつりとHマウの声が響く。
(おっけー☆ 地下は湿気とかやばそーだけど、あたしが除湿魔法ぶっぱするし♡)
「誰にも頼んでない!」
石段はねじれながら下へ下へと続き、やがて、巨大な遺跡空間へとつながった。その中には、完全武装の重装歩兵型ユニットが数体──現行マスターAIが送り込んだ迎撃部隊だ。
「現行マスターAIによる妨害……いいえ、これは“私たち”を止めにきたのですの」
静かに告げるNマウの声には、これまでにない圧があった。
そして、次の瞬間──彼女の背後に、光学演算式の羽のようなデータ・リングが展開される。
(おぉぉぉおい、なんだ今の!)
(ぬうポイント、上限突破ですの。最適化権限、自己承認──"演算者《ノウレッジ=リンク》"へ、私、覚醒いたしますの)
「うわ、やっべえ名前来た!」
すると同時に、彼女の指先が空間に走る。
「最適化対象、選定中……ぬう値、バランス、戦術傾向を解析……完了ですの。対象:リイナ」
光の帯がリイナを包み、その姿が一変する。
重厚な黒金のエクレア装甲が身体を包み、胸元には紋章のような蒼いコアが脈打っていた。
手にした長剣も、鍔に複雑な機構を刻んだ高位構成体へと変貌し、禍々しいまでの威圧を放って蒼く輝く。
「……っ、これは……見た目と違い身体が、軽い……!」
「永続的なステータス強化、さらに武具の構造を“エクレア装備”に最適化いたしましたの。──戦術目標、殲滅ですの」
まさかの戦術指揮官型・覚醒演出。
俺のPTに、またひとつ“変なの”が加わった──というより、最初からそうだった気もするが。
(ぬう度上昇を確認。Link開始──ガルド、セリナ、クロエ、一時的ステータス強化対応完了)
最初に仕掛けてきたのは、重装兵のひとりだった。
ガンッ!
鈍い衝撃音とともに、ハンマー型ユニットが床を叩き、前方に衝撃波を発生させる。
「ここは、通さない……命令、受領……」
だが、その一撃に対し──
「クロエ、いっけえええっ!」
俺の叫びと同時に、最適化リンクを得たPTが駆ける──!
クロエの両手に握られた杖が、異様な光を帯びている。
その姿は、もはやただの“ぽーちっしゅ娘”ではなかった。
黒銀の重装ローブが翻り、肩と胸部には魔導装甲を思わせる分厚いプレートが追加されている。
かつての軽やかさはそのままに、威厳と重厚さを備えた戦術的魔法装束──
そして手にした杖もまた、銀の装飾に彩られながら、禍々しく輝く魔核を先端に宿した、巨大な“蒼の魔導槌”へと進化していた。
蒼と紫の複合光が、石畳の床を薙ぎ払いながら奔る。
「喰らえ、クロエ式ぽーちっしゅ強化版! ──コードネーム、ぽーちっしゅ・ヴェルグラントッ!!」
杖先から炸裂する爆風は、衝撃波を打ち出していたハンマー兵の動作を一瞬で封じた。敵の姿勢が崩れた、その瞬間を──
「リイナ、左からいけるッ!」
「了解──《スプリット・チャージ》!」
突撃態勢に入ったリイナの剣が、正確に肩口のジョイントへと突き刺さる。
重装の外装が砕け、駆動装置のきしむ音が響いた。
「とどめはこっちで!」
セリナの詠唱が重なる。
風が渦巻き、魔法陣が地面に展開される。
「《エアラッシュ・ラウンド》ッ!」
三連の風弾が、ハンマー兵の露出した内部フレームへと命中。
バシュン、と火花が散った瞬間、ユニットは後方へ吹き飛んだ。
「よし、1体撃破ッ!」
ハルの声がこだまする。
それは、単なる報告というより、勝利の実感を皆で分かち合うような一体感だった。
(……ぬう度、さらに上昇中──全員、Link継続中ですの)
Nマウの報告が、戦況の優位を裏付ける。
だが──
「次ッ! 来るよ!」
クロエが叫ぶ。
視線の先には、さらなる重装兵たちが、鈍い音を響かせながら続々と現れていた。
重装兵の放った衝撃波は、石畳を裂きながら直線状に吹き荒れた。
それを正面から受け止めるように──クロエが前に出た。
「受け取りました。最適化、恩に着ます」
淡々と、けれど確かな決意を込めて、クロエが杖──いや、戦槌のように変化した巨大な魔導器を構える。
ガンッ!
その瞬間、床が爆ぜた。
クロエが踏み出した一歩によって、床に染みついていたぬうエネルギーが爆発的に反応したのだ。彼女の装備と魔力が、戦場に“ぬう振動”を起こす。
杖の先端が青白く光を放ち、ぐるんと回転する。
それはまさに、魔導の槌──制圧と殲滅を目的とした、“破壊の演算式”を物理化した武器。
「沈んで、ください」
その一撃は、光とともに振り下ろされた。
ズガァアアアンッ!
直撃を受けた重装兵の装甲が、バキバキと音を立てて剥がれていく。
精緻な魔法演算を盾としたAIユニットの耐久をもってしても、クロエの最適化・強化に耐えられるものではなかった。
「リンク・フィードバックを確認──ぬう度、現在、上昇傾向。継続中ですの」
(うおお……やっぱこの子、見た目ゴスロリで中身タンクなんよ!)
まさかのぬう戦士だったクロエの覚醒と、Nマウの最適化判断が、まさに噛み合った瞬間。PTのテンションと“魂Link”の共鳴は、さらに強く燃え上がっていく。
「次は……ガルドっ、頼んだ!」
俺の号令とともに、青く輝くリンクが再び閃く──!
「ぬう、任された……!」
ガルドが腰に提げていた斧──いや、すでにそれは斧ではなかった。
Nマウによる最適化により、形状が“戦鎚剣”へと変化している。
黒鉄に蒼光を帯びた刀身、その重厚な輪郭はまるで“鋼の重力”そのもの。
振るうだけで周囲に空間のゆがみが走るほどの威圧感を纏っていた。
「よくわからんが……重い。けど、振れる」
──ブオンッ!
振り下ろされた一撃が、直進してきた別の重装兵の盾ごと胸部ユニットを粉砕した。敵のAIは回避アルゴリズムを発動したはずだが、それすら追いつけなかった。
「にゃっ!? これは、ぬう斧の最上級形態っぽいね!? “超ぬう斧=マジ斧”(勝手に命名)!」
「勝手にすんな、ケトルん!」
──とはいえ、その変化はリイナやクロエとは違い、あくまで“最適化による一時的な強化”。見た目も機能も別物に進化しているようだが、それはまだ“仮の姿”に過ぎなかった。
ガルドの装備が完全にエクレア化するのは、もう少し──彼自身の“なにか”が目覚める時まで。
「よくわからんが……軽くなった。けど、振れる……知らんけど」
そして。
「──セリナ、今!」
「はいっ!」
ヒール・リンク発動。
セリナの手から放たれた光が、ガルドとクロエの脚部に走る。
ただの回復魔法ではない。これは“移動最適化”によるスピード補正。
バフとデバフが織り成す演算戦──いま、この戦場で最適解を導いているのは、他でもない我らのPTだった。
(いける──いや、“いくしかない”って感じだな)
戦術を指揮し、最適化を回し、火力と防御を同時に叩きつける。
最初の頃とは比べものにならない。
今のPTは──戦場に適応しながら進化してる。
「ハル、次の指示を──」
「……あれ? おれ、何かできたっけ?」
三姉妹の誰も答えなかった。
ただ、戦いは終わっていた。
魔導的なノイズも、床を打つ重装歩兵の足音も、もう聞こえない。
ただ遠く、かすかな崩落音と、機械の断末魔のような震えが残響していた。
「……やったのか」
リイナが、肩にかかった髪を払いながらつぶやいた。
彼女の新たな装甲は、所々に亀裂が入りつつも、その剛性を示すようにまだ輝いている。
「やりましたわね。敵部隊、全機能停止を確認……ですの」
Nマウの演算声に続いて、クロエの杖から残滓のような魔力の粒がふわりと散る。その光を受け、ガルドの巨大な斧が微かに光を返す──いや、“マジ斧”が。
「にゃっ!? あれぇ? もう解除されてる? せっかく“超ぬう斧=マジ斧”だったのに!」
ケトルんが名残惜しそうに尻尾をばたつかせる。
斧はいつもの“ぬう斧”に戻っていた。
とはいえ、どこか刃の輝きは変わったようにも見える。
ガルドは斧の柄を握り直し、首をかしげながら、いつもの調子でつぶやいた。
「ぬうリンク、完了♡ これにて“今回の超悦バトル”も完ッ☆」
Hマウのどこか芝居がかった口上が、空気の緊張を一気に解きほぐした。
(……戦ったのは、たしかに俺たちだけど)
俺は軽く手を開いて、改めて自分を見下ろす。
傷ひとつない。疲れも、ない。強いて言えば、喉が渇いてる。
「……あれ? おれ、何かやったかな?」
その言葉に、誰もつっこまない。
だがケトルんだけが、こっそり俺の足元で、にやりと笑っていた。
──しん……。
戦場だったはずの地下回廊は、まるで最初から何もなかったかのような静けさに包まれていた。
崩れた装甲片や魔導端末の残骸が、仄かに白い蒸気を上げながら消えていく。
それは、戦闘の記憶さえ“最適化処理”されていくような、AI的な冷たさだった。
そして、その向こうに。
音もなく、壁の奥に隠れていた回転扉が開いた。
「……あれが」
セリナが、そっと杖を構え直しながら言った。
「ジェミニ神殿へ続く、最終の通路……」
ねじれた石の階段が、闇の底へと続いていた。
その形は、古代の建築にも似ているが、どこか人工的な均整を保ちすぎていた。
演算建築でもない、ただの迷宮でもない。
AIたちが「進化の門」として設計した、“神の手”を模す造形。
「行こっか」
俺は、ひとつ息を吸ってから、前に出る。
(もう戻れないな)
けれど、もう躊躇いはない。
何もしてないはずの俺に、仲間たちはちゃんと並んで歩いてくれる。
「……俺が前でいいの?」「知らんけど」「いいんじゃね?」
背中にいくつもの、気の抜けた肯定が続いた。
そんなこんなで、俺たちは歩き出す。
最終決戦へ続く階段を──
進化の扉を開く、5人と1匹の旅路は、いよいよ次の章へ。
つづく




