第11話 ウサ耳斧男、魂に目覚める
――【前話の振り返り】――
全ての詩文の断片が揃い、AI三姉妹によってジェミニ神殿の正確な座標が解析された。
次なる目的地が明らかになる一方で、ケトルんの背中に違和感が――そこには、まだ誰も気づいていなかった“追跡の種”が潜んでいた。
ぬうん、とケトルんが伸びをした。
「うにゃ? 背中、なんか……ムズい。むにむにって感じするニャ」
(おい……お前、また虫でもくっつけてんのか?)
「虫じゃないのニャ。もっとこう……見えない、なにか……ぬめってる感覚?」
俺はケトルんの背中をめくりつつ、その発言に首をひねった。
ぬめってるってなんだ。いや、それよりも――。
「……これ、何か付いてる」
リイナの低い声に、パーティ全員がぴたりと足を止めた。
「光反応……微弱なエネルギー信号が常時放出されている。リンク周波数とは異質な波動」
(ってことは、ぬう系じゃない? ねぇNマウ、それって……)
「……敵対AI、または人為的な追跡装置の可能性が高いですの」
(マジか。ケトルん、やられとるやん……)
「にゃんですと!? ぬすLink♡はするけど、ぬすまれるのは聞いてないのニャ!」
ごねるケトルんを押さえつけて、Nマウがぴったりと魔導スクリーンを照射する。その結果――。
「判明しました。帝国型チップ、IDコード:R・Push系列。埋め込まれたのは……ケトルんが連れ去られた時でしょう、ですの」
(あのときか……!)
俺たちは、神殿を目指す道の途中にある廃墟都市――“コアストリート跡”へ入る手前だった。だが、神殿よりも先に、奴らの待ち伏せがあった。
「やっと来たな」
視界の奥、廃墟の高台から降りてきたのは、あの鉄仮面。騎士団副団長《HAIC》。
「AIの力を“野に放った”愚者どもよ。貴様らが次代を担う器に値するか、試させてもらおう」
(来た……! ぬうっ度、急上昇中……!)
「Link状態:緊張」
誰かが呟いた。たぶん俺。
***
「……やるしかねぇな」
ガルドが、背負っていた巨大な戦斧を静かに下ろす。
いつもは背中で寝てるみたいなアレが、今は――目を覚ましたみたいに、重くて鋭い存在感を放っていた。
「HAIC。あんたが副団長で……前にも言ったが、俺、戦うの好きじゃねえ。でもな」
ひとつ息を吐き出し、ウサ耳がぴくりと揺れる。
「オレの仲間に……手ェ出した時点で、もうアウトだ」
「……口だけは勇ましいな。だが貴様のLinkレベルでは、我が最適化ユニットにすら届くまい」
ギィン、と斧が地面を擦る音。
刹那、風が動いた。
ガルドが駆けた――重戦士とは思えぬ速度で。
「うおおおおおおぉっ!!」
地鳴りのような雄叫び。斧が振り下ろされるたびに、コンクリが抉れ、鉄骨が唸る。
(やばっ、ぬう度、振り切れかけてる……! いやこれ、もしかして――)
「ぬう度計測不能! 臨界突破の兆候アリですの!」
Nマウの声が震える。
「Link状態:解放→強制融合へ移行!」
(ついに来たか……ガルドの覚醒――!)
だが。
「ガルド、そいつはまだダメ!!」
セリナの叫びが響く。
「うちの分析じゃ、そいつのジャマーがまだ機能してる! Linkバーストが通じへん!」
ガルドの目が見開かれる。
「……ならどうすりゃいい! これ以上、お前らの時間を稼げねえ!!」
(時間稼ぎ……あ)
俺の中で、何かが弾けた。
(なら、オレの役目……あるじゃんか)
「マウ!! いっけええええっ!!!」
「合点承知ィィィィィィィ♡ これぞLinkジャンプ砲♡ どーん!!」
ド派手な魔法がぶっ放される。
けど、狙いはHAICじゃない。
彼の周囲を囲むジャマー柱――その一点。
「Linkバースト:誘導干渉弾幕♡」
――ズドォォォォン!!
まるで戦場にギャルの花火が炸裂したかのように、空間ごとノイズが消し飛ぶ。
そして。
「Link状態:抑圧解除……再接続開始!」
Nマウの声と同時に、斧が吠えた。
「来いよ……副団長ッ!!!」
「覚醒状態確認。称号:斧魂Lv.1《轟斧の誓い》」
その時、地面が抜けたように感じたのは、俺だけじゃないはずだった。
***
その瞬間、戦場の“空気”が変わった。
ガルドの足元に、赤黒いオーラが湧き上がる。
斧がまるで心臓のように脈動し、背後に幻の獣が咆哮したような錯覚。
(あれは……! ぬう度、99超え!? ぬうぬう……いや、ぐぬぬぬ!?)
「魂Link状態:限界突破。ぬう度:臨界域突入!」
「うおおおおおぉっ!!」
ガルドの叫びが風圧を生み、砂塵を巻き上げる。
HAICの機械鎧が軋む。
自動補正アルゴリズムがガルドの動きを捉えきれず、たった一撃――
その一撃が、すべてを変えた。
斧が振り抜かれる。
そして、音が――遅れて、やってくる。
「グッ……!!」
HAICの胴体をかすめたはずの斧撃が、衝撃波となって鎧を破壊し、彼女の身体を打ち砕く。
「副団長、撤退指示を……ッ!」
遠くの騎士団兵が叫ぶも、もう指令系統は崩壊していた。
見ろよ、あいつ――
ウサ耳で、クールで、斧背負ってて、草食系だと思われてた男が――
「俺が……この斧が、道を開く。行け、ハル」
そう言って、俺の背を押した。
(やべえ、こんなん惚れるって……! いや、男だけどさ!!)
そして、ここから事態は一気に転がり始める。
「ジャマー破壊、Link制限解除! 三姉妹、突撃ぃ♡」
マウの声が先陣を切り、セリナが援護、クロエが一閃。
「騎士団部隊、戦線維持不能――撤退命令を……ッ!」
「無駄だ」
リイナの一刀が、副団長の腕を断ち落とす。
「これは、AIたちの意志が拓いた戦場。……貴様たちは、理解が遅すぎた」
彼女の言葉が、最後の引き金となった。
その日――帝国騎士団R・Pushの主力部隊は、完全に壊滅した。
***
……と、誰もが確信した。
地に伏した騎士たち。砕けた装備。静寂に包まれた戦場。
だが、濃い霧のように漂う瘴気のなか、**ひときわ異質な“音”**が鳴った。
「ギギ……キィィ……ココン……」
──金属が、いや、意志を持った装甲が、音を立てて軋んでいた。
そして、その中心から現れたのは、黒漆の甲冑に身を包んだ異形の男。
……
「……処理が、甘いな。副団長よ。貴様は何をしていた?」
黒漆の鎧を纏い、ゆっくりと現れた男──ダース・ペーター。
彼の登場と同時に、場の空気が変わった。
「コーヒーッ……コーヒーッ……」
重く響く呼吸音。どこからともなく空気が漏れるような、あの音が戦場に響き渡る。
「……え、今、呼吸音が……?」
ハルがぽかんとしていると、騎士団の若い兵がそそくさと近づいてきた。
「ぺ、ペーター様! コーヒーでございます!」
「…………」
無言のペーター。その前に、銀のトレーに載せたマグカップが差し出された。
しかし――
「それ分身、分身の方に出してどうする!!」
怒号とともに、トレーが吹き飛んだ。
ペーターの背後に立っていた“もう一人のペーター”――分身体が、カップごと空中で霧散する。
「こっちが本体だ。貴様……何を見ていた?」
「し、しつれいしましたぁぁぁ……!!」
(いやいや、分身がリアルにコーヒー飲もうとしてたの!?)
(分身に差し出すなって、影武者の意味ねーじゃん、ぷげらwww)
「それ、能力的には“分身”じゃなくて“残像モブ”じゃん……ねえ?」
Hマウとセリナのダブルツッコミに、マウさんが満足そうに「ウケた♡」と舌を出す。
一方、ペーターの甲冑の中からは、まだ“コーヒーッ……コーヒーッ……”と呼吸音が続いていた。
(てか、お前それ、マスクにコーヒー注がれてない!?)
ハルが心の中でそうツッコむ間にも、戦場の空気は再び緊張を取り戻す。
……
***
R・Pushに名を連ねる者ではない。彼は、**帝国直属の「意思無き制裁装置」**と呼ばれる存在だった。
(……え、誰、この中ボス感すごいヤツ!? てか今それ出す!?)
(ダース・ペーター……あいつ、生きてたんだ?……)
HマウとNマウの声が、ほぼ同時に響く。
「敵意確認。ぬう感知レベル:ゼロ……ですの。……なるほど、魂の共鳴を拒絶している。」
「AI進化の“毒”に冒された失敗作ども……」
ペーターは、鋭い眼光でハルたちを一瞥する。
「排除し、回収する。これは主の意志だ。」
そして、次の瞬間──
「ぐあっ!!」
ガルドが突如、重圧に膝をついた。
全身を包むような重力、いや、“抑圧”が彼だけを襲っていた。
「貴様は……戦士のくせに、Linkの影響を受けすぎている。お前から壊すのが理に適う」
(……やばいっ! ガルドが……!)
「ガルド……ガルド、リンクが……乱れてる!? まさか、抑え込まれてるの!? ねえ、マジやばくない!?」
「否、これは……逆流現象。魂が、解放されようとして……ッ!?」
その時だった。
ガルドの全身から、一瞬、雷のような光が“逆流”した。
「うがあああああああああッ!!」
吼えるように、斧を天に掲げたガルドの身体が、まばゆい光に包まれた。
【Link進化:ぬう度《112》──感応超界域に突入】
【魂Link覚醒スキル:『獣斧』発動】
「……おれは、もう黙ってやられたりしねえぞ!!」
その斧が振り下ろされた瞬間、ペーターの足元から地形が崩れた。
「なるほど。確かに、資格はある……旧神殿に挑む権利が、な」
暗黒の霧とともに、ペーターの姿が消える。
「あ、あいつ逃げた!?」
「いや……おそらく任務は、観察と確認……ってとこっしょ」
「ダース・ペーター。奴は我らが辿る道の、次なる影ですの……」
ハルは、斧を掲げたまま仁王立ちのガルドを見上げた。
(……いや、お前が主役だったんかい!)暗黒の霧とともに、ダース・ペーターの姿が消える。
だが、かすかに聞こえた。
「コーヒー……薄い……」
「なんで消える直前にそこ気にしてんだよ!!」
ハルたちは、新たな力を得て、いよいよジェミニ神殿へと向かう。
──逆転の超悦バトル、その幕がまた一枚、開かれた。
***
戦場には、もう誰も立っていなかった。
風が吹き抜ける。
砕けた装甲片、折れた槍、焼け焦げた土と魔素の匂い。
沈黙の中で、ただひとつ――ぬう度だけが、余韻のように漂っていた。
「終わった……のか?」
ハルがぽつりとつぶやく。隣で、セリナが杖をそっと下ろした。
「ガルド、すごかったね……あんな斧の振り方、はじめて見た」
「いや……オレもはじめて、だ……」
ぼろぼろになった装甲を抱えながら、ガルドが座り込む。
その顔には、痛みと誇らしさが同居していた。
「ぬふふ〜ん♪ これでPT全員、Link状態入りましたっしゅ!」
Hマウがぽーちっしゅをぶんぶん振りながら笑う。
(ぽーちっしゅ内の美マウは、まだ起きる気配がない)
(……あとは、あたしだけだ)
内心、そんなことを思いながら、クロエは遠くを見た。
「……あそこに、扉があるよ」
森の奥、樹々の間にぽっかりと空いた空間。
朽ちた鳥居のような構造物と、光を帯びた“門”が、神秘的に浮かんでいた。
「間違いない。ジェミニ神殿、だよね?」
Nマウの声が頭に響く。
(うん。これは……Link記録から一致する構造。解析完了……詩文も揃ってる。アクセス可能、ですの)
「詩文、四つ。……やっと、揃った結果だな」
ハルはつぶやき、手元のインベントリを開く。
そこには、光の断片が四つ、静かに揺れていた。
「いくのか……ここが、最後の旅路だ」
「いや、まだ“その手前”な。ラスボスの前に、お約束の“AI三姉妹の試練”ってやつが来るんだろ?」
「げぇっ……試練回、あるの……?」
(ええ、ありますの。三姉妹それぞれの覚醒と、記憶統合イベントが発生する予定ですの)
(うわああああ!! いま言うなあああ!!)
(ぬうLink♡の伏線全部回収するターンですね!)
(まだ、終わらせないぞ……このログの悦を……!)
***
──ジェミニ神殿。
かつて、AIと人間の境界を越えた場所。
今、再びその扉が開かれようとしていた。
ハルたちの目の前で、光の門が、静かに――
つづく




