十九章 血の行き着く末
一体、ここで何時間いただろう……。まるで神経が焼き切れたように、一切の疲労を感じない。このまま何日でも動かないでいられそうだ。
目線の遥か先には、無骨な煙突の付いた白い建物―――火葬場が聳えていた。今頃ばっちゃと四爺さんが仲良く、本当に仲睦まじく焼かれて骨になっている……いや、もうなったのだろうか……?
(駄目だ。もう何も考えたくない。このまま意識を失えたら、ばっちゃの所に逝けるのかな……?)
俺、今までの人生でカルマが溜まるような悪事は働かなかった筈。犯罪を防いだ事はあっても、手を染めた事は一度も無い。嘘はそこそこ吐いた気がするが、それでも普通の人間よりは少ない、多分。だから神様、このまま天国で彼女と……。
「何やってるの庚。そんな所で突っ立ってると熱中症になるよ」「!!?」
有り得ない声と共に、目の前を通り過ぎていく赤銅色の長髪。鼠色のローブを着た二十代の男は背から蝙蝠のような黒い翼を生やし、俺をチラ見して笑った。
「落ち込んでる暇なんて無いでしょ?あんたの人生、まだまだこれからなんだからさ」
「ばっちゃ!?」
間違い無い!今の優男、ばっちゃの声で喋りやがった!追い掛けないと!!
街の人混みを風のように抜けていく男。何時の間にかその隣にはやけに薄目で白髪。白っぽい着物姿で、両腰に刀を差した男がピッタリ付き従っていた。
(この先は……まさか)
予想通り、連中が向かったのは環紗の共同墓場だった。
二人はずんずん奥へ進んでいき、他より一回り小さな墓石の前で立ち止まった。ここからだと遠くて刻まれた名前は見えない。
三本束にした菊の花束を供え、男はしばらく小声で話し掛けた。そしてクルッ、振り返って俺と目を合わせてきた。
「この墓はアイザの母親、アイシャ・ストックの物だ。生憎骨壷の中は空だが」
「ばっちゃの……?」
「そうだよ庚」にっこり言う。「お母さんの事、あんたには教えてなかったね」
「止めてくれ!」首を左右に振って拒絶する。「ばっちゃは死んだんだ!あんたにその声を使う資格は無い!!」
酷い喪失感で、立ち直れなくなる所まで崩れ落ちていきそうだ。
「それは悪かった。君にはこちらの方が親しみやすいと思ったんだが、どうやら逆効果だったようだ」
隣の白髪が何か言いたげに口を開くのを手で制す。
「分かっているさ、テンテイ。―――宝 庚、私はラヴァ。アルカツォネの血の果てにして始祖。君の愛する養母の一族の先祖、と言えば多少は理解しやすいだろう。彼女が亡くなった事で血は完全に絶え、預言の力により私は復活した。一族全員の記憶と声を所有して」
「???わ、悪い。あんたの言っている意味が全然分からない。つまりばっちゃの―――血縁者って事でいいのか?」
「ああ。但し遺産相続権は持たない、ね」
「不謹慎だぞラヴァ。彼は今日葬儀を終えたばかりなのに」
「その意見には激しく同意するよ」
二人掛かりの追及に、ばっちゃの同族は翼を羽ばたかせて肩を竦める。恐らくあのローブの下には、彼女と同じ鱗が生えているのだろう……それは羨ましいな、素直に。
「結託して責め立てなくもいいじゃないか。素直に謝るから赦してよ。―――それより庚。彼女の永眠のため、後始末がまだ一つ残っている。言わなくても分かっているな?」
「ああ」
頷くと、主従は参拝し終えた墓に背を向けた。
「さて、私はもう一人を慰めに行ってくるよ」胸に両手を当て、「それが末裔との約束だ」
「……そうか。早く行ってやってくれ。でも一つ忠告しておく」
「何だ?」
「俺の時みたいにいきなり至近距離で話し掛けない事。吃驚した拍子に骨を折られるぞ」
百パーセント真実のアドバイスに、二人は互いを見合わせた後、耐え切れず噴き出した。




