十八章 安らかなる永眠
キィ。「―――四?」
検査を終え、加えて深夜で眠っているとばかり思っていたので驚いた。
「会いに来てくれたの?」
「ああ」
くっきりとした死神の影を背に連れた娘は、それでも普段通り微笑みを絶やしてはいなかった。
「嬉しい……ありがとう」
ベッド横の椅子に腰掛け、白髪の混じった母親そっくりの茶色い癖毛を撫でる。
「ねえ、柚芽は」
「心配無い。庚が迎えに行った」
私の返答に、長年の笑い皺の刻まれた目が細くなる。
「そう、良かった。しっかりしているもんね、あの子達……もうアタシがいなくても、上手くやっていけるよ」
私自身は医師から告知を受けても、勿論彼女から教えられた訳でもない。けれど研究者としての勘と、何より半分同じ血の通った肌で感じ取れたのだ。もう長くはない事を……。
「勿論だ」
口下手な父親は、最後まで慰めの言葉一つ掛けてやれない。しかし、それでも娘は満足気だった。
「四、触ってていい?」
「ああ」
頬に伸びた娘の手を、右手を当てて支える。骨張る掌は、既に生命としての体温を失いつつあった。暁十字の研究所で取り上げた時は、まるで湯に浸かったばかりのよう熱かったのに。
瞼を閉じれば母子共々寄り添い、見届けてきた成長の光景が走馬灯となって駆け巡る。
アイザの人生が幸せだったとはお世辞にも言い難い。幼くして最愛の母を亡くし、時に傷付けられ……白鳩の友人達に恵まれていなければ、きっと同僚達と共にあの忌まわしい蜘蛛女に殺されていただろう。その意味では彼女も私達も幸運だった。しかし……それでも尚、父親としてしてやれる事があったのではないかと煩悶せざるを得ない。
「―――お父さん」「何だ?」
本当に瓜二つだ。顔も声も、宿ったその優しい魂さえも。
「今日だけ、眠るまでずっと傍にいて……お母さんが、迎えに来るまで……」
「ああ、勿論だとも」
薄くなった背中に両腕を回し、ベッドの上で眠りに落ちていく愛娘を抱き締める。段々遅くなっていく心臓の鼓動。儚く消えていく呼吸。
「今までよく頑張ったな、アイザ……」
「あなたもね、飛」
何処か甘えた優しい声と共に、項垂れた頭の上に心地良い掌を感じた。何時も無邪気だった妻アイシャが、私達のすぐ隣で笑っているのが聞こえる。
「あぁ…………おかあさん………ただいま……」




