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十二章 従業員達の正体



 玄関の方から駆けて来たばっちゃは、寝巻きのままそう怒鳴り付ける。そして俺を見下ろし、右手を振り上げた。


 バチッ!「っ!!」


 平手打ちを受けた頬は、一秒毎にじわじわ疼くような痛みを脳へ伝えた。

「ばっちゃ、ごめん……」

 初めて見る憤怒の表情は、けれど雌獅子のように気高く、とても綺麗だった。

「こうなるから今まで案内しなかったのに、あんたって子は!!」

「っ!!」

 二撃目を察知し、反射的に目を瞑る。


「止めときなよ、アイザちゃん」


 背後から女の声がした瞬間、振り下ろした手がピタリと静止する。俺の頬まで後十センチの手首を掴む同級生の手。

「止めて下さい、小母様……私が悪いんです。どうか、庚を叱らないで……」

「ほら、深呼吸深呼吸。―――落ち着いたかい?」

 傍まで歩いてきた女は、ばっちゃと同じ四十代前後に見えた。ジャケットの胸ポケットに手帳とボールペン、それに何故か裁ち鋏を挿している。

 分厚い眼鏡を上げながらポンポン。腕を伸ばしてばっちゃの肩を叩く。

「ゴメン、ヤシェ。庚も……ごめんね。ついカッとなって。早く冷やさなきゃ」

「これぐらい大丈夫だよばっちゃ。それより二人を早くここから引き離さないと。柚芽、立てるか?」

「ええ、大丈夫……肩貸して」

「ああ」

 俺が同級生を支えて立たせている間に、ばっちゃも意識朦朧の友人を横抱きにした。改めて見ると人形みたいに細い。この人、もしかして病気なんじゃないか?

「しっかりしなよお姫様。アイザちゃん、何処へ運ぶつもりだい?広間は平気なのかい?」

「うん、多分。前に上げた時も大丈夫そうだったし」

 虚空に硬直したままの瞳を覗き込み、ごめんね誠、すぐ楽にしてあげるからね、と謝った。呻く同性へ今にもキスしそうな程近くで、だ。

 玄関から家の中に入り、普段寛ぐ広間へ。ばっちゃの怪しい友人が素早く座布団を敷いた上へ、二人の頭を乗せる。

「姫君はともかく、こっちのお嬢ちゃんもかなり敏感だねぇ。もしかして見えちゃったりするのかい?」

「いえ、初めてです。寒気もあの場所でしか感じた事ありません。ごめんなさい小母様」目を伏せる。「もうあそこへは二度と近付きません。ね、庚?」

「ああ。約束する」

「―――うん、お願い。もう知っているかもしれないけど、あの蔵は」

「う……!」

「誠!!?」

 亡霊の巣からようやく精神も帰って来られたのか、女性の瞳に正気の光が灯る。心底心配そうなばっちゃを見、不安そうに眉を顰めた。

「大丈夫誠!?ごめんね。ずっと二階にいたんだけど、薬が効いてて」

「何だ……良かった、大事が無くて。氣も思ったより弱っていないみたいだし、取り越し苦労だったかな」

「そうだね。でも来てくれて嬉しいよ。前会ったのは一年前だっけ?エル達は元気にしている?」

「うん。皆元気でいつも賑やかだよ―――ヤシェさん?」

 クスクス笑う女へ目線を向ける。

「確かに騒がしいねぇ。特に最近はあの三馬鹿兄妹が色々街を引っ掻き回してくれるから、地方欄は記事に困らないって嬉しい悲鳴を上げてる」

「馬鹿ってヤシェ、エルが聞いたら怒るよ。……本当、子供が大きくなるのは早いよね」俺達に視線をやり、「この子達も、直に大人になっちゃうんだろうなあ」

「私達の皺が増えると同時進行で、ねぇ。こうして月日は流れていくのさ」鋏を取り出してちょきちょき。良く見ると歪んだ刃を打ち直した跡があった。「あの子を置いて、ねぇ……」

「ヤシェさん」

「心配要らないよ、別に落ち込んでいないさ。知奈はあの子なりに一生懸命生きた。私も精々負けないようにしないと」

 獲物を仕舞う。

「にしても殿下は相変わらず人使い荒いねぇ。スクープで現地に降り立ったジャーナリスト捕まえて、帰るついでに姫君を拾って来てくれだなんて」

「済みません。ところで取材はもう終わったんですか?」

 横になったまま聖女は尋ねる。

「そもそも編集長自ら赴くなんて、一体どんな事件なんです?」

「事件担当の、だよ。省略してもらっちゃ困るね。それも上司に無理矢理押し付けられたポストだ、正直余り気に入っていないんだよ。やっぱ記者は現場回ってなんぼ。椅子にふんぞり返って部下をこき使うなんて性に合わないよ」

 愚痴りつつも本業に就いて尋ねられ、機嫌は良いようだ。手帳を取り出しページを捲る。

「とは言っても、純真無垢な子に聞かせられるような微笑ましい記事じゃないんだよ。糞餓鬼共が欲望のまま暴れた挙句、善良な一般市民を殺して盗みを……全く、恐ろしい世の中だねぇ」言葉とは裏腹にニヤニヤ。性格悪!

「もしかして今朝の宝石強盗事件を調べに?」

「おや、お耳が早い。―――へぇ。坊や達の元同級生が一味なのか。確かに一人ずば抜けて年下の小僧がいたねぇ。ふてぶてしくて生意気な目付きした」

 海千山千の女記者はクックックッ、と笑う。

「ありゃロクな大人にならないだろうねぇ。まぁ人死にが出てるから実刑は免れないだろうし、取り敢えず二十歳ぐらいまではムショにブチ込んどいてくれるさ。ひょっとして親しかった、訳無いか。二人共真面目そうだし」

「………」

「しっかし留置所まで行ったはいいが、実につまらない事件だねぇ。加害者は不登校崩れの不良で不細工ばっか。一方被害者も取り立てて記事になりそうな雰囲気じゃないし」

 このハイエナ記者め、辛辣過ぎるだろ。仮にも人が死んでんだぞ。

「うーん。取材は一応したけど、記事にするのは止めておこうかねぇ。うちがやらなくても、どうせ他の新聞社が児童心理の分析付きで懇切丁寧書いてくれるさ」


 パラッ。「じゃあ来たついでに、もう一つのネタの調査をしていこうか。えっと、実姉を虐めていた連中を皆殺しにした女傑に突撃取材だ」

「「「!!?」」」

「えっと、名前は確か……」

「ヤシェ!!」


 ばっちゃが手加減無しに背中を叩く。痛さに前屈みになったジャーナリストを、引き摺るように二階へ連行した。

「ど、どうしたの急に?」

 おろおろする女性に、何でもありませんから安静にしてて下さい、と俺は言った。まだまだ顔が蒼白い。無理は禁物だ。

「あ、俺、ちょっとトイレ」

「私も色々あって咽喉乾いたわ。あなたも何か飲みませんか?」

「いいんですか……ありがとうございます。じゃあ何か温かい物をお願い出来ますか?」

「はい。じゃあ庚、台所借りるわよ」

「ああ」

 勿論手洗いには行かず、抜き足差し足で階段を半ば昇る。


―――え、あの子がその女傑だって?

―――ちょっと、その言い方止めなよ。柚芽は普通の良い子なんだから。戻ってもインタヴューとかしないでよね。あと、別に一人も殺してないから。

―――へえ、まるで娘だねぇ。そう言えばあの傷害事件、しばらく経ってから警察へ政府館の方から圧力が掛かったとか……まさかアイザちゃんが。

―――ノーコメント。言っとくけど尾行とかもしないでよね。あの子今リーズの所の患者なんだから。来なくなったら恨まれるよ。

―――OKOK。どうせ未成年ネタは苦手だしねぇ、大人しく手を引くよ。


 良かった。下手に取材攻勢掛けられたら柚芽の奴、逆上して何やらかすか分かったもんじゃない。けど、圧力って何の事だ?ばっちゃがあいつを……守ってくれた、のか?


―――しっかし物持ちがいいねぇ。その熊も蛙もまだ現役なんだ。

―――子供っぽくて悪かったね。いいでしょ、眠れない時に使うんだから。

―――馬鹿になんてしてないさ。羨ましいんだよ、親に愛されてるんだなぁってさ。

―――お母さんには大事にされていたんでしょ、ヤシェも。お父さんはともかく。知奈だって、

―――……分かってる。ナーバスになってた訳じゃないさ。そう言えば話は変わるけど―――


 お、キリも良いしそろそろ戻るか。平手喰らったばかりだし、この上盗み聞きがバレたら本気で嫌われる。そうだ!気付かれない内に蔵の鍵も返しとかないと!

 階段を静かに降り、玄関で鍵を掛けてから戻る。同級生はまだ飲み物の準備をしているのか、大広間には女性が一人きり。まだ辛いのか座布団に頭を預けていた。

「気分はどうですか?」

 隣に座って尋ね、頭を下げる。

「済みません。まさか『見える』人だとは思わなくて。えっと……ところで、あそこの幽霊ってそんなに凶暴なんですか?」

「……いいえ。私が見たのは、彼等の惨劇の記憶……でも、あなたが出会ったのは違うんですね」

 薄い胸が上下し、肺腑から重い空気が抜ける。

「うん。オッサン達とは昨日花札したばかりだ」

 この人は秘密を守ってくれる。根拠は無いが、何故かそう確信出来た。

「いいな……私が会ったのは一、二度ですけど、皆さんとても親切にしてくれたんです。なのに、あんな酷い事になってしまって……」

 ふと見ると目尻に雫が溜まり始めている。え、ちょっと。他人の、それも二十年以上前の出来事で泣いちゃうのお嬢さん?

「だから私、一度でいいから謝りたかったんです。でも……失敗ですね。言う前に意識が飲み込まれてしまいました」

 本当にそうか?声は聞こえずとも、亡霊達は必死になって彼女の身を案じていた。きっとその献身的な想いは伝わっているだろう。

「けど変だな。オッサン達は悪霊じゃねえぜ。そんな、生きてる人間に害を与えるなんて考えにくい」

「……もしかすると最近、彼等にとって災厄を思い起こさせる出来事があったのかもしれません。何か心当たりは―――そうですか、御遺族の方が昨日……」

 つくづく厄介なオバハンだ。ばっちゃだけでなく、柚芽や彼女にまで迷惑を掛けやがって。玄関は昨日清めたから、今度は家の四隅に盛り塩しておこう。


「私のせいで……ごめんなさい」ぽろっ。「え、あ、ちょ!」「庚!?」


 最悪のタイミングだ。緑茶の入った湯呑みの盆を机に置くなり、同級生が噛み付くように突っ掛かってきた。しかも話が終わったばっちゃ達も戻って来る。

「おや、大丈夫かい?」

「ちょっと庚!何女の人を泣かせてるのよ!最っ低!!」

「誤解するなよ!俺のせいじゃ……ま、まぁちょっとは責任あるかもしれないけど」

「やっぱりあんたのせいじゃない!!謝りなさい!」

「いえ……済みません。私、昔から涙脆くて」袖で拭う。「よく周りの人達を心配させてしまうんです。ね、アイザ?」

「まぁそうだけどさ、本当に平気?この子が気に触る事言ったんだったら、土下座でも何でもさせるよ」

 ばっちゃが割と本気で提案する。が、大人しい女性はブルブル首を横に振った。

「い、いいって!彼とは少し相談と言うか、とにかく悪口なんて一言も」

「いや、お姉さん御免。俺の配慮が足りなかったよ」

 素直に謝る。すると、ばっちゃと記者は何故か互いに顔を見合わせ、爆笑した。

「「??」」

「いや、流石だねぇ。ほら『坊や』、学生さん達に説明してやりなよ」

「?何をですかヤシェさん?」

 ヒソヒソ。


「ああ、何だ。―――えっと、二人共。自己紹介が遅れました。私は小晶 誠と言います。その、見えないかもしれませんが一応男性です」「え?」「へ?」


 頓狂な声を上げ、俺達が呆気に取られた次の瞬間。成人女性二人が腹を抱えて大笑いした。




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