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十一章 訪問者再度



 翌日、平時より三時間早い放課後。ばっちゃが心配の余り、早歩きで帰宅する俺の後ろから迫る足音一つ。

「付いて来るなよ!」

「いいじゃない。私だって小母様のお見舞いがしたいの」

 片手に購買で買ったあんぱんやクリームパンの入ったビニール袋、もう片手に通学鞄を持った柚芽は脚を速めて俺の隣に並ぶ。

「大袈裟な。きっと今頃はもう元気に動き回っているぞ」

「じゃあどうしてそんなに急ぐのよ?授業中もずっと気も漫ろ状態だったし、矛盾しているわ」

 説得するのも面倒臭い。知らない仲でもないし、カウンセリングの近況を聞く良い機会だろう。

「―――分かればいいのよ、分かれば」

 承諾すると、得意げに顎を上向けた。この腕力馬鹿の知能犯め。

「でも……赦せないわ、その人。小母様の心の傷を抉って金銭をせびるなんて……」

 拳を握り込む。

「今度来たら私も呼んで。手段は教えないけど追い返してあげるから」絶対呼ぶか!

 余りにも本気な目をしていたので、俺は慌てて話題を変える。

「にしても、同じ街で強盗殺人なんてゾッとしないな」

 三時間目の数学の途中、突然校長による校内放送で知らされた内容を思い出す。

 今日の午前八時頃、環紗の高級ジュエリーショップ『煉宝石店』に二十代の若者数人が押し入った。開店準備のために居合わせた警備員と店長に、強盗団のリーダーがいきなり発砲。遅れて出勤してきた副店長にも脅迫を行い、ディスプレイのジュエリーを根こそぎ奪った。

 幸い近隣からの通報ですぐに警察が駆け付け、犯行グループはその場で全員逮捕された。しかし怪我をした二人の内、警備員は頭を撃たれて即死。店長も腹を貫通し、今も予断を許さぬ緊急手術が続いていると言う。

「そう、ね……」

「?どうした?何か気になる事でもあるのか?」

「帰りに職員室の前を通り掛かった時、先生達が話しているのが聞こえたんだけど……」

 言い難そうに呟く。教室からロビーまで行くのにそこを通る必要は無い。つまり早く帰れと言う命令を無視し、また性懲りも無く委員特権を利用して本を借りたのだ。道理で鞄が重そうな訳か。

「犯人達の中に―――あの曲林兄弟がいたらしいの」

「境が!?」

 何時かはやらかすと思っていたが、まさか人を殺すなんて大それた真似を……。

「ええ。初等部の担任が警察に呼ばれたらしいわ。でも未成年だからきっと刑は軽いんでしょうね。直接手を下したんでもないでしょうし」

 悔しげに唇を噛む。

「まあ、更正の可能性がどーとか言って数年で出て来るだろうな」

 そう言えば彼女、柚芽はどうして補導されなかったのだろう?人数や暴行の度合いから言っても、充分少年院送りの資格はあっただろうに。実は祖父辺りが地元の有力者で、事件を揉み消したとか……うーん、有り得ない話ではないか。

 十月も中旬を迎え、秋も本格的に深まってきた。あちこちの庭先から赤や黄色になった紅葉が伸び、勉学で疲れた目を楽しませてくれる。


「ねえ、庚。実は、昨日の夜―――あれ、あの人お客さんじゃない?」


 店の方ではなく、玄関先に佇む黒衣の人物を指差す。

 肩まで伸ばした艶やかな黒髪。袖から出た細い指がインターホンを押した。


 ピンポーン。


「留守、なのかな?四さんの離れにも誰もいなかったし……」

 美しい顔に見合った澄んだ声。小首を傾げる身体のラインはかなり細く、下手すると柚芽より軽いんじゃないか、この女性?

「でも、昨日倒れたって聞いたのに……無理、してないといいけど」

「家に何か御用ですか?」

「!!?」

 間近に見た彼女は、約十二年生きてきた俺が初めてみる絶世の美女。年齢は二十代前半と推測されるが、幼い雰囲気でもっと下に見えた。

「え、ええ。あなたはこの店の……もしかして、あなたがリーズの話していた庚さん?」

「!!?」

 今度はこちらが驚く番だ。ばっちゃの先生の知り合いなのか、この人。

「ああ、そうだ。こっちは同級生の柚芽。ばっちゃの見舞いで来た」

「何だ。なら私と同じですね」

 左手のクリーム色の薔薇と白いダイヤモンドリリーの花束を胸の前に当て、儚げな微笑みを浮かべた。

(何か不思議な人だな……)

 本来ある筈の生気に欠けているのに、何故かそれが逆に心地良い。初対面にも関わらず親近感を覚えた。

「友人の連絡を受けて慌てて来てはみたけれど、どうやらアイザは不在のようですね。もしかしたら龍商会の方へ行っているのかも……」

「だったら中で少し待っていてはどうですか?ね、庚?」

「そうだな。上がってゆっくりしていって下さい。お茶でも出しますから」

「そんな……気を遣わせてごめんなさい」

 ぺこり。中坊相手にまるで子供のように頭を下げる。

「えっと、じゃあお邪魔する前に一つだけ」中庭の方に視線を向け、「その……お二人は知らないと思いますが、昔」

「無差別殺人事件ですか?」

「っ!!?え、ええ……」

 胸の前の手をぎゅっ!ただでさえ無い血の気が失せてしまう程強く握り込む。

「あの事件は……私にも責任があるんです。だから、せめて一度……あの蔵の前で祈りを捧げたいと思って」

 まさか卑劣な恐喝者の翌日に、こんな清い心の人が来るとは!勿論断る理由は無い。一も二もなく承諾した。

「ありがとう。じゃあ彼女が戻らない内に行きましょう」

「中に入るなら鍵取って来ますけど、どうします?」

「いいんですか?じゃあお願いしますね」

「柚芽、この人を案内してくれ。すぐ行くから」

「分かったわ」

 不法侵入した夜を思い出したのか、友人は硬い表情をしつつも了解。女性の手を引き、中庭を回り込んで消える。

 残された俺はポケットから急ぎ合鍵を取り出し、玄関を開ける。靴箱の上に手を伸ばし、鍵置き場から蔵の南京錠の物を取った。

(ま、今日は客の要望だし、バレても怒られはしないだろ)

 玄関戸を閉めて二人の後を追う。さてさて例のオッサン達、今日は姿を見せるの、


「きゃっ!!」「わっ!?」ドンッ!


 正面からぶつかった同級生は寸での所で踏み止まり、胸を押さえて高鳴る動悸を鎮めようとする。一方俺は見事に尻餅を着き、ズボンの土を払いながら立ち上がった。

「どうした、そんなに慌てて!?」

「大変なの、あの女の人が―――とにかく来て!!」

 半分パニックの柚芽に引き摺られるように腕を引かれ蔵へ。そこで広がる光景を見た瞬間、同級生がここまで平常心を失った理由が判明した。


「あ、あぁ………」


 女性は閉ざされた扉の前でへたり込み、光を失った瞳から止め処無く涙を流してした。

「ここへ来た途端にああなったの」ぶるぶるっ!耐えられないように全身を震わせた。「は、早く引き離した方がいいわ……私も、ここに立っているだけで寒気が止まらないし……」

 突然の事態に驚く俺の耳に、ガンガンガンッ!蔵の内側から打撃音がはっきり聞こえてきた。


「おい、坊主!」「早くその子を連れて離れろ!!」「餓鬼でも一応男だろ!担げ!!」


 好き勝手言いやがって。元はと言えば手前等が元凶だろうが!

「だ、大丈夫ですか……うぅ」

 全身の悪寒を我慢しつつ、柚芽は細い肩を叩いて意識を現実へ引き戻そうとする。が、

「痛い、息が……何も見えない……誰か、ここから出して………」

 駄目だ、絶賛犠牲者の亡霊達に乗っ取られ中。おまけに隣の救助者も失神しかけている。非常に拙い展開だ。


「二人共、しっかりしろ!」


 前に立って片手ずつ取り、何とか立たせようとするがびくともしない。

(くそっ!立ってくれよ!!)

「はぁ……っはぁっ……!」

 ヤバい。彼女に感化されたのか、柚芽が過呼吸を起こし始めた。これでも一応思春期の女の子、意外と繊細なんだな―――って感心している場合じゃねえ!!

「おい柚芽!あんな巫山戯たオッサン霊共に負けんな!虐めっ子をボッコボコにした時の威勢はどうした!?」

 耳元でそう叫ぶと、僅かながら理性の光が戻る。


「庚……やっぱりあの時、私を止めたのは……」

「何やってるのあんた達!!?」





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