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十章 異型の一族



 男四人でカレーライスを食べ、TVを観たり新聞を読んだりしながら順番に入浴する。

 今日はばっちゃの好きなコメディドラマの放映日だが、薬が効いているらしく時間になっても降りて来なかった。仕方なく惰性でチャンネルを合わせたものの、腹を抱えて笑う人間がいないと渾身のギャグも味気無く感じる。結局親父が二、三回クスッとしただけで、番組はエンディングを迎えた。

「十時半か。ふぁ~、儂はもう寝るかの」

 宝爺さんが欠伸しながら呟くと、親父も首肯した。

「庚、お前はまだ起きてんのか?」

「寝るよ勿論。明日学校だし」

 四爺さんが広間を出、階段を昇っていく音が聞こえた。ばっちゃの様子を見に行ったらしい。俺達も各々寝支度をして部屋へ戻る事にした。

 歯磨きとトイレを済ませて二階へ。ばっちゃの部屋のドアが半開きになっていたので、足音に気を付けながらこっそり入った。


「庚……?」


 ビクッ!てっきり眠っていると思っていた彼女は目を開け上半身を起こした。額を手で押さえ、一瞬苦しそうな表情を見せる。

「ばっちゃごめん。起こした?」

「ううん、さっきから起きてた。もう大分楽になったよ。悪かったね、心配掛けて……」

「いいよ別に。俺もばっちゃの家族なんだからさ」

 茶色の前髪が寝汗で額に貼り付いている。布団の傍まで行くと何とも言えない柔らかな匂いが鼻孔を擽り、心臓が高鳴った。

「あ、四」

 音も無く入って来た四爺さんは、両手に深皿の乗った盆を持参していた。さっき散々嗅いだばかりの香辛料が尚も食欲をそそってくる。

「上手く出来たんでしょ?アタシも味見させてもらうね」

 皿に刺さったスプーンを掴んで、一匙掬う。

「美味しい!隠し味は何?」

「醤油と、気持ちだけ摩り下ろしニンニク入れてみたんだ」

「へー!いつもソース入れて作るのより美味しいよこれ!成程、醤油とニンニクか。今度試してみようっと」

 彼女の喜ぶ顔を見れただけで充分苦労した甲斐があった。じゃが芋の芽取りに悪戦苦闘し、玉葱を腕が痛くなる程飴色に炒め、臭さに耐えながらおろし金をギコギコした報酬としては大満足だ。

 匙を口へ運ぶ間、爺さんはばっちゃの背中を擦ったり肩を揉んだりして労わる。決していやらしくない、まるで夫が妻を慰労するような手付きだ。

(やっぱ敵わないな……)

 彼女の顔を観察すれば火を見るより明らかだ。未成年の小僧が入る隙間など一ミリも存在しない。

(まぁ、ばっちゃが惚れるのも無理無いよな……)

 頭が切れて誠実で、年齢こそ多少離れているとは言え中々のイケメンだ。何故この爺さんが未だに独身なのか謎でしょうがない。

「寝巻きに着替えなさい。あと、寝る前に薬をもう一回飲んだ方がいいそうだ」

「リーズに電話してくれたの?」

「ああ。前の薬の服用時間が微妙だったからな、念のために」

「心配してた?」

「当たり前だ。断らなければ今頃家まで診察に来ていただろうな」

「ふふっ、あの子らしい。明日朝一で電話入れとかないと」

 リーズ・ビトス女医さんは、先日行ったオルテカのメンタルクリニックの院長先生だ。あそこは夢療法と音楽療法を取り入れた画期的な病院で、民間だが紹介状が無いと診察してもらえない程の有名医院らしい。前聞いた話では、ばっちゃは治療者兄妹とクリニックを立ち上げる前からの友人で特別扱いだそうだ。

「それとケルフ君が、二胡をちゃんと練習しているか気にしていたぞ」

「あいつ、人の事心配してる場合?CD作りでプロデューサーにイビられてヒーヒー言ってるくせに!」

「らしいな。声に元気が無かった」

「やっぱり!昔と全然変わんないんだから!」

 ケラケラ腹を抱えて笑う。良かった、やっぱりばっちゃには笑顔が一番似合う。

 抽斗の寝巻きを出し、枕の横に置く。水で薬を飲み下した後、コップを盆に戻して徐に服のボタンを外した。

(え?)

 現れたのは胸から背中、肩口の辺りまで広がる黒い鱗。妖族?

「あ、ごめん!」見入ってしまった事を詫びると、彼女は弱く首を横にした。

「別にいいよ。珍しい?学校には妖族の子はいないの?―――そう」

 右肩の一片に触れ、歯を食い縛る。

「これはアタシの背負った罪なんだよ。一生、ううん、死んでからもね……」

 言葉とは裏腹に、白い皮膚に浮かぶ鱗は全く醜くなかった。寧ろばっちゃの秘密を知り、思わず興奮してしまう。

「気味悪い?」

「全然!俺だって本体は全身鱗だらけだし!」

「そう言えばそうだったね。巧く変身しているから忘れてた」

 後ろで四爺さんが広げた寝巻きに袖を通し、脇腹で帯を結ぶ。鎖骨の下の鱗が見えないよう、前をしっかり閉じてから布団へ潜り込む。と、爺さんが書き物机の上にあった熊と蛙のぬいぐるみをばっちゃの左右に入れた。

「これで悪い夢も来られないだろう」

「ありがと四……」

 年月を経てややくたびれた二匹を抱き締め、彼女は子供みたいな無邪気な笑みを浮かべた。

「あんたももう寝なよ、庚。アタシは大丈夫だから」それから微妙に色の違う目を向け、「四も休んでて。明日からまた目録作りに取り掛かるんでしょ?」

「ああ」掛け布団の上から手を置き、トントンし始める。「お前が眠ったら帰る」

「もう……」瞼を閉じ、深い息を吐く。「もう若くないんだから……無理しないでよ……」

「ああ」

 さっきと全く同じトーンの返事を返し、老人はゆっくりと口元を綻ばせた。




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