第七話 悪役令嬢、特訓する
『悪役令嬢の私が聖女に好かれてどうする!?』
第七話 悪役令嬢、特訓する
「というわけで、今日から特訓です」
早朝の演習場、セレスティアは腕まくりをして宣言した。
「な……早すぎるでしょう、この計画の実行」
「善は急げと言いますから」
「それに、なんでそんなにやる気なのよ」
「リリアーナ様の弱点を克服するお手伝いができるなんて、光栄だからです」
リリアーナは、寝癖の残る髪を押さえながら、げんなりとため息をついた。
(朝も早くから叩き起こされて、こんなところに連れて来られるなんて……ミリアの裏切り者……)
ちなみに、この特訓の存在は昨夜のうちにミリアからセレスティアへ「密告」されており、リリアーナ本人が知ったのは今朝、寝ぼけまなこで叩き起こされた瞬間だった。
* * *
「まずは、基本の姿勢から見せていただけますか。普通に歩いてみてください」
「歩くだけでしょう。そんなの――」
リリアーナは自信満々に一歩踏み出し、見事に何もない場所で躓いた。
「な、なんで……!」
「大丈夫ですか!?」
セレスティアが慌てて支えようとしたが、間に合わず、リリアーナは芝生の上に盛大に転がった。
「い、痛くないわ! これは、その、地形の観察のためにあえて――」
「リリアーナ様、芝生に頬をつけたままそれは無理があります」
「うぐっ……」
セレスティアはくすりと笑いながら、手を差し伸べた。
「大丈夫です、じっくりいきましょう」
「……別に、あなたに手伝ってもらわなくても、自分でなんとか――」
「はい、そういうことにしておきます」
差し出された手を、リリアーナは渋々取った。
* * *
「リリアーナ様の動きを見ていて、分かったことがあります」
「な、何よ」
「魔力を使う瞬間は、誰よりも精密に、体の重心もぴったり合っています。でも、普段の何気ない動作になると、途端に体への意識が消えてしまうみたいです」
「消えてる、って……」
「たぶん、頭の中でずっと何かを考えていて、目の前の足元がお留守になっているんだと思います」
図星だった。
(そうよ、いつも悪役令嬢としての立ち振る舞いとか、次の台詞とか、色々考えているから……足元まで気が回らないのよ……)
「では、次は――手を繋いだまま歩いてみましょう」
「は!?」
「意識を分散させないように、私が支えます。それなら、頭で考え事をしながらでも、体は自然に動くはずです」
「な、なんでそんな理論に……!」
「効果はあると思います。試してみましょう」
有無を言わさぬ笑顔で、セレスティアはリリアーナの手を取った。
「な、なによ、その距離感……!」
「特訓ですから」
二人は手を繋いだまま、ゆっくりと演習場を歩き始めた。
(な、なんで、こんなことに……! 顔が、熱い……)
不思議なことに、手を繋いでいる間、リリアーナは一度も躓かなかった。
* * *
「できました! リリアーナ様、見てください、一人で歩けています!」
「ほ、本当だわ……」
手を離しても、しばらくの間はふらつかずに歩けるようになっていた。
「あなたのおかげ、って言えば、また調子に乗るんでしょうけど」
「調子には乗りません。でも、少しだけ、嬉しいです」
セレスティアは、満面の笑みを浮かべた。
「今度は、走る練習もしましょう」
「な、まだやるの!?」
「もちろんです。まだ手を繋いだままじゃないと不安定ですから」
「そ、それは、まあ……そうかもしれないけど……」
(また手を繋ぐの、って、そんなに嫌ではないのだけれど……なんでこんなに、心臓がうるさいのかしら)
リリアーナは、自分の胸の内側で何かがざわめいているのに気づかないまま、差し出された手を、また取った。
* * *
その一部始終を、演習場の柱の陰から見ていた者がいた。
「殿下、また覗いていらっしゃるんですか」
「レオン、静かに。今、非常に貴重な記録の最中だ」
アルベルトは手帳に何やらびっしりと書き込んでいた。
「手を繋いで歩く練習、実に尊い。だが――」
珍しく、その表情が少し複雑に曇る。
「正直に言おう、レオン。少しだけ、複雑な気持ちだ」
「殿下、それはもしや」
「私の婚約者が、あんなにも楽しそうに、私以外の誰かと手を繋いでいる……尊いのに、少し、胸がざわつく」
「殿下、それはやきもちというものでは」
「やきもち? 私が? まさか」
アルベルトは首を傾げた。
「私はただ、二人の尊い時間を記録する係だ。それ以上でも以下でもない」
「本当にそうお考えですか」
「……いや、正直、よく分からなくなってきた」
アルベルトは、複雑な表情のまま、二人を見つめ続けていた。
一方、当のリリアーナ本人は、婚約者の胸中はおろか、自分自身の胸のざわめきの正体にすら、まったく気づいていなかった。
(別に、なんでもないわ。ただの、特訓の一環よ)
(この胸のドキドキも、きっと、運動不足のせいに違いないわ)
そんな暢気な結論に落ち着き、リリアーナは何食わぬ顔で、セレスティアの手を握り直した。
<続きます>
次回予告:運動音痴の特訓は順調に進む一方、リリアーナは自分の胸の高鳴りの理由に、いつまでも気づかない。周囲だけがやきもきする中、次なるイベント――魔法大会の季節がやってくる。




