第六話 悪役令嬢、盛大にすっ転ぶ
『悪役令嬢の私が聖女に好かれてどうする!?』
第六話 悪役令嬢、盛大にすっ転ぶ
「今学期の実技試験は、魔法戦闘の実地演習とします」
教官の言葉に、教室がざわめいた。
「対人形式の模擬戦を行い、魔力操作だけでなく、体術・回避行動も評価対象とします」
「体術……」
リリアーナは、密かに顔をこわばらせた。
(よりによって体術……! 魔法紋様の解析も、魔力操作も完璧にこなせるのに、なんで足を動かすことになると、途端に……)
実は、リリアーナには誰にも――ミリアにすら――打ち明けていない弱点があった。
致命的な運動音痴である。
真っ直ぐな廊下で躓く。段差のない場所で転ぶ。走れば必ず何かにぶつかる。魔力操作という「頭と精神」の技術には天賦の才を持ちながら、いざ「体を動かす」段になると、途端に壊滅的な結果を招くのだ。
(今まで、なんとか隠し通してきたのに……! 実技試験なんて、絶対に無理よ)
「ヴァルフェルト様、対戦相手はルミナス様です」
「な……よりによって!」
「何か問題でも?」
「な、ないわ! 望むところよ!」
(違う、望んでなんかいないわ! よりによって、あの子の前で無様な姿なんて……!)
* * *
試験当日、演習場。
「では、始め!」
教官の合図とともに、セレスティアが慎重に間合いを取る。彼女もまた聖女候補としての戦闘訓練を積んでおり、油断のない構えだった。
「行くわよ……!」
リリアーナは魔力を練り上げる。空気が張り詰め、周囲の生徒たちが息を呑んだ。
(魔力操作なら、負けない。この一撃で――)
精密に構築された魔法陣が展開し、見事な威力の攻撃魔法が発動する。
「す、すごい……!」
周囲から歓声が上がった。セレスティアも防御魔法を張って、なんとかそれを受け止める。
(よし……! この調子なら)
リリアーナは、次の一手を放とうと足を踏み出した。
そして。
「――っ!?」
何もない平坦な地面で、思い切り足をもつれさせ、盛大に転んだ。
「ヴァルフェルト様!?」
試験場が、水を打ったように静まり返った。
(な、なんで……! 何もないところで……!)
「大丈夫ですか、リリアーナ様!」
セレスティアが慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫よ! 今のは、わざと転んで死角から反撃するための高等戦術で――」
「地面に頬をつけたまま仰らないでください」
「なっ……」
リリアーナは慌てて起き上がったが、時すでに遅く、周囲からは失笑とも困惑ともつかないどよめきが広がっていた。
* * *
試験後、更衣室でミリアが目を丸くしていた。
「お嬢様、あんな見事な魔法を放った直後に、あんな盛大に転ぶなんて……」
「言わないで、ミリア。お願いだから、言わないで」
リリアーナは頭を抱えていた。
「私、実は昔から、運動だけは絶望的に苦手なのよ……」
「初耳です」
「誰にも言ったことないもの! ヴァルフェルト家の令嬢が運動音痴だなんて、恥ずかしくて言えるわけないでしょう!」
「でも、魔力操作はあれほど精密でいらっしゃるのに……」
「精神と魔力は制御できるのよ! でも体は、なんでか知らないけど、いつも私を裏切るの!」
リリアーナは、盛大にため息をついた。
(せっかく、あの噂も落ち着いてきたところだったのに……こんな間抜けな姿、絶対に広まるわ……)
* * *
放課後、中庭のベンチ。
「リリアーナ様」
声をかけられ、びくりと肩を跳ねさせる。
「な、なによ。笑いに来たの」
「いいえ」
セレスティアは、そっとリリアーナの隣に腰を下ろした。
「今日、初めて知りました。リリアーナ様にも、苦手なことがあるんだって」
「……悪かったわね、みっともなくて」
「みっともなくなんてありません」
セレスティアは、きっぱりと言った。
「むしろ、少し安心しました」
「は?」
「リリアーナ様は、いつも完璧で、強くて……私なんかが追いつけないくらい、遠い方だと思っていました」
セレスティアは、微笑みながら続けた。
「でも今日、転んで、地面に頬をつけたまま『高等戦術』だって言い張るリリアーナ様を見て……なんだか、初めて対等にお話しできそうな気がしたんです」
「な……対等って、あなた……」
「今度、走り方のコツ、私が教えましょうか?」
「べ、別に、教えてもらわなくても……」
(で、でも、正直、少し教えてほしい……悔しいけれど……)
「……少しだけ。少しだけよ」
「はい、少しだけですね」
セレスティアは、くすくすと笑った。
「約束です」
「な、なんでそんなに嬉しそうなのよ」
「だって」
セレスティアは、まっすぐにリリアーナを見つめた。
「リリアーナ様の、知らなかった一面を見られたので」
* * *
演習場を遠くから見ていたアルベルトは、こめかみを押さえていた。
「殿下、大丈夫ですか」
「レオン……正直に言おう。今日、少し戸惑っている」
「戸惑う、ですか」
「完璧な彼女も尊いが……盛大に転んで『高等戦術』だと言い張る彼女も、また、それはそれで……」
「殿下」
「尊い」
「殿下、結局そこに落ち着くんですね」
傍らでは、ミリアが更衣室の出来事を思い出しながら、そっと肩を震わせていた。
(お嬢様、完璧超人だと思っていたら、思わぬ弱点があったなんて……これはこれで、尊い……)
<続きます>
次回予告:セレスティアによる「リリアーナ様の運動音痴克服計画」がひそかに始動する。だが特訓の成果は、思わぬ方向へ転がっていくことに――。




