第五話 悪役令嬢、疑われる
『悪役令嬢の私が聖女に好かれてどうする!?』
第五話 悪役令嬢、疑われる
聖女認定式当日。
大講堂には王族、貴族、そして学園の生徒たちが詰めかけていた。祭壇の上には、あの水晶球型の魔道具が厳かに安置されている。
「これより、聖女候補セレスティア・ルミナスの資質評価を執り行う」
司会を務める神官の声が、静まり返った講堂に響いた。
セレスティアが祭壇の前に進み出て、水晶球に手をかざす。
光が満ち、数値が浮かび上がる――はずだった。
「――お待ちを」
声を上げたのは、玉座近くに控えていたアルベルトだった。
「この魔道具には、細工が施されています。数値を意図的に三割減で表示する術式が」
講堂がどよめいた。
「殿下、それはいったい――」
「証拠はこちらに。それと、細工を指示した人物の名も」
アルベルトが示した資料に、審査官の一人と、ダレンベルク家の使者との書簡のやり取りが記されていた。
「なっ……!」
審査官席で、ゲオルグ・フォン・ダレンベルクの顔から血の気が引いた。
「殿下、これは何かの誤解で――」
「誤解ではない。術式の痕跡も、書簡の筆跡も、全て裏が取れている」
衛兵がゲオルグと審査官を取り押さえる中、講堂全体がざわめきに包まれた。
「ダレンベルク家が、聖女様の評価を不正に貶めようとしていたなんて……」
「でも、殿下はどうやってこの証拠を?」
その問いに、アルベルトは静かに答えた。
「深夜、単身この講堂に忍び込み、細工を見破った者がいる」
視線が集まる中、アルベルトは一瞬迷った後、名を告げた。
「――ヴァルフェルト公爵令嬢、リリアーナだ」
「え……」
講堂中の視線が、リリアーナに集中した。
* * *
「悪役令嬢様が……聖女様の認定式のために、証拠を?」
「それって、まさか、前から不正に気づいていたってこと?」
ざわめきの中に、少しずつ違う色の声も混ざり始めた。
「待って……逆に考えたら、変じゃない?」
一人の令嬢が、眉をひそめて呟いた。
「深夜に一人で講堂に忍び込んで、魔道具に細工を見破れるほど詳しいなんて……ヴァルフェルト様、最初から魔道具の術式に詳しかったってこと?」
「それに、ダレンベルク家が動く前から、リリアーナ様はセレスティア様に『ダンスの誘いを受けるな』って忠告していたって話もあるし……」
「まさか……全部、ヴァルフェルト様が仕組んでいたんじゃ……」
「ヴァルフェルト様がダレンベルク家と裏で繋がってて、自作自演で『聖女を救った悪役令嬢』を演じているとか……」
小さな声だったが、それは水面に落ちた一滴のように、じわじわと講堂中に広がっていった。
「なっ……」
リリアーナは、思わず息を呑んだ。
(な、なにそれ……! 自作自演って、私が!?)
「そ、それは違う! 私は、ただ――」
言い返そうとした瞬間、セレスティアが一歩前に出た。
「皆さん、それは違います」
澄んだ声が、講堂に響き渡った。
「リリアーナ様は、私に危険を教えてくださって、そして本当に、身を挺して不正の証拠を集めてくださいました。それのどこが、自作自演だと仰るのですか」
「で、でもセレスティア様、それは……」
「私は、リリアーナ様が誰よりも私を大切にしてくださっていることを、知っています」
セレスティアは、まっすぐにリリアーナを見つめた。
「疑うのでしたら、まずご自身の目で、リリアーナ様の行動をきちんと見てから仰ってください」
その言葉に、ざわめきが少しずつ静まっていく。
しかし――完全に消えたわけではなかった。ひそひそと囁く声が、講堂の隅に、確かに残っていた。
* * *
式が終わった後、控えの間でリリアーナは一人、拳を握りしめていた。
「なによ、あれ……自作自演って、何をどう見たらそうなるのよ」
「お嬢様……」
ミリアが、そっと寄り添う。
「大丈夫ですか」
「別に、平気よ。悪役令嬢が疑われるなんて、いつものことだもの」
そう言いながらも、リリアーナの声は、いつもより少し小さかった。
(悪役令嬢だから疑われるのは、望んでいたことのはずなのに……なんで、こんなに)
そこへ、ノックの音がした。
「リリアーナ様」
入ってきたのは、セレスティアだった。
「あなた……何しに来たの」
「リリアーナ様が、傷ついていないか心配で」
「傷つくわけ、ないでしょう。私は悪役令嬢よ。疑われるのなんて、慣れているわ」
「はい、そういうことにしておきます」
セレスティアは、リリアーナの隣にそっと腰を下ろした。
「でも私は、これからも言い続けます。リリアーナ様は優しい方だって。何度でも、誰の前でも」
「な……そんなこと、いちいち言わなくていいのよ」
「言います。だって本当のことですから」
リリアーナは、思わず顔を背けた。
(この子は、いつもこうやって、私の一番弱いところに、まっすぐ入ってくるんだから……)
* * *
その夜、王城の一室。
「殿下、審議の結果、ダレンベルク家は爵位返上、当主の隠居が決定いたしました」
「妥当な処置だな」
アルベルトは報告を聞きながら、窓の外を見つめていた。
「だが……講堂で流れたあの噂、放っておいていいものか」
「リリアーナ様への疑惑、ですか」
「ああ。今日のところは、セレスティア嬢の一言で収まった。だが、火種は消えていない」
アルベルトの表情が、珍しく曇った。
「悪役令嬢という評判は、諸刃の剣だ。彼女の本質を知る者には尊さの証となるが……知らぬ者には、いくらでも悪意に解釈される」
「殿下……」
「今はまだ、いい。だが、いつかこの噂が――」
言いかけて、アルベルトは首を振った。
「いや、今は考えすぎだな。今日のところは、めでたしとしよう」
窓の外には、静かな夜空が広がっていた。
<続きます>
次回予告:疑惑の噂は表向き収まったかに見えたが、学園の一部にはまだ燻り続けていた。リリアーナはそれに気づきながらも、いつも通りセレスティアの前では強気な態度を崩さない。そんな中、新学期の魔法試験が近づき――。




