第四話 悪役令嬢、嗅ぎつける
『悪役令嬢の私が聖女に好かれてどうする!?』
第四話 悪役令嬢、嗅ぎつける
舞踏会から数日後。
リリアーナは廊下の陰から、一枚の書状を握りしめていた。
(ダレンベルク家の紋章……やっぱり)
情報屋を通じて手に入れたその書状には、聖女候補セレスティア・ルミナスの「聖女認定式」を巡る不穏な文言が並んでいた。
聖女認定式――正式に聖女として国に認められるための儀式。そこで発表される「聖女の資質評価」の結果次第では、セレスティアの立場は大きく揺らぐことになる。
(評価を担当する審査官の一人が、ダレンベルク家の息がかかった人物だなんて……)
舞踏会での一件を根に持ったゲオルグが、裏で審査官に手を回し、セレスティアの評価を意図的に貶めようとしている――そう読み取れる内容だった。
(許せない。……いえ、別に、あの子のためじゃないわ。聖女の認定が不当に歪められるなんて、王国の秩序を乱す由々しき事態だもの)
リリアーナは書状を握りしめたまま、足早にその場を後にした。
* * *
「セレスティア・ルミナス」
「あ、リリアーナ様」
図書室で本を読んでいたセレスティアが顔を上げる。
「今度の認定式、油断しないことね」
「認定式、ですか?」
「そう。あなたの評価をよく思わない人間が、裏で動いているという噂よ。……別に、心配しているわけじゃないけれど」
「はい」
「はいって、あなた、緊張感が足りないんじゃない?」
「だって、リリアーナ様がそう仰るなら、きっと本当のことなんだと思いますから。教えてくださって、ありがとうございます」
「な……素直に信じるところ、その脇の甘さが心配だと言っているのよ!」
(この子、警戒心が薄すぎるわ。もう少し、自分の身を守ることを覚えなさいよ)
「では、リリアーナ様が守ってくださるので大丈夫です」
「は?」
「いつも、そうですから」
セレスティアはにこりと笑って、本に視線を戻した。
「な、なな……勘違いしないで! 私はただ、不正が許せないだけで――」
「はい、そういうことにしておきます」
(この子は、いつもこうやって私の建前を軽く受け流すんだから……)
* * *
その夜、リリアーナは自室で作戦を練っていた。
「ミリア、審査官の交代を、正面から訴えても無駄よ。ダレンベルク家は根回しが得意だもの」
「では、どうなさるおつもりで?」
「証拠を集めるわ。奴らが不正を働こうとしている、動かぬ証拠を」
リリアーナは机に広げた資料を睨みつけた。
「認定式の当日、審査官が使う『聖女の資質』を測定する魔道具――あれに、細工が入っている可能性が高いわ」
「魔道具に細工、ですか」
「ええ。評価数値を意図的に低く表示させる術式が仕込まれているんじゃないかしら。……もしそうなら、当日までに術式を見破って、証拠を押さえる必要があるわ」
「お嬢様、それは危険では……相手はダレンベルク家ですよ」
「知っているわよ、そんなこと」
リリアーナは、ふっと不敵に笑った。
「でも、悪役令嬢たる者、正々堂々の裏工作くらい、朝飯前じゃない?」
「……その理屈、いつも通りよくわかりません」
(ミリアには何と言われても構わないわ。あの子を、あんな男の思惑通りになんてさせない)
* * *
数日後の深夜、認定式の会場となる大講堂。
人気のない会場に、こっそりと忍び込む影があった。リリアーナである。
(この魔道具ね……)
祭壇に安置された、聖女の資質を測定する水晶球型の魔道具。リリアーナはそれに手をかざし、慎重に術式を読み解いていく。
(あった。数値を三割減で表示するよう、裏に細工が施されているわ。……このやり口、確かにダレンベルクの手の者ね)
「――そこで何をしている」
背後から声がかかり、リリアーナは肩を跳ねさせた。
振り返ると、そこに立っていたのは、意外な人物だった。
「殿下……!?」
「夜更けに講堂で何をしているのかと思えば」
アルベルトは、静かにリリアーナの手元――魔道具の細工痕を見つめた。
「これは、審査官の不正の証拠だな」
「……はい。ダレンベルク家が、セレスティアの評価を不当に貶めようとしています」
「知っている。私にも、水面下で似たような報告が上がっていた」
「殿下も、気づいて……?」
「ああ。だが証拠がなければ、王家といえど動けない立場のものもいる」
アルベルトは、リリアーナの手にした資料に目を落とし、静かに微笑んだ。
「よくやった、リリアーナ。これで正式に糾弾できる」
「……勘違いしないでください、殿下。私は、王国の秩序を守るために動いただけです」
「わかっている。それでいい」
そう言いながらも、アルベルトの胸中では、抑えきれない何かが渦巻いていた。
(婚約者が、深夜にたった一人で忍び込み、聖女のために証拠を集めていた……なんという献身……なんという尊さ……!)
「殿下? 顔が赤いようですが」
「な、なんでもない。証拠は私が預かろう。当日、正式な場で公表する」
「お願いします」
リリアーナは一礼し、講堂を後にした。
その背中を見送りながら、アルベルトは天井を仰いだ。
「レオン……見ていたか、今の」
「殿下、私はずっとそこにおりましたが」
「彼女は、誰に頼まれるでもなく、たった一人で不正に立ち向かった。……尊い」
「殿下、それを言うなら、今すぐご自身で不正を糾弾する準備をなさるべきかと」
「わかっている。だが今しばらく、この余韻に浸らせてくれ」
<続きます>
次回予告:認定式当日、細工が暴かれダレンベルクの企みは白日の下に。しかしそれは、リリアーナへの新たな疑惑の種を蒔くことにもなり――。




