第三話 悪役令嬢、忠告する
『悪役令嬢の私が聖女に好かれてどうする!?』
第三話 悪役令嬢、忠告する
「舞踏会まで、あと一週間ですね」
ミリアが手にした招待状の束を数えながら呟いた。
王立アルカディア学園の秋の舞踏会は、貴族の子息令嬢が正式に社交界へ顔を出す、いわば通過儀礼のような行事だった。
「ふん、舞踏会なんて茶番よ。着飾って、踊って、腹の探り合いをするだけの場じゃない」
「お嬢様は毎年、誰よりも気合を入れて準備なさっていますが」
「そ、それは公爵家の体面のためよ! 勘違いしないで」
リリアーナはドレスの生地見本を睨みつけながら、そう言い切った。
しかしその頭の中にあったのは、招待状のリストに紛れ込んでいた、一枚の名前だった。
(ゲオルグ・フォン・ダレンベルク……)
辺境伯家の三男。学園でも噂の絶えない人物だった。表向きは社交的で人当たりが良いが、その裏では気に入らない令嬢を陥れたり、婚約を政治の道具として使い潰したりする――そんな噂が、リリアーナの耳にも届いていた。
(あの男が、今年の舞踏会でセレスティアに接触しようとしている、という話も聞くわ……)
情報源は、父の書斎からこっそり持ち出した外交文書の写しだった。ダレンベルク家が、聖女という「権威」を政治利用しようと動いている――そう読み取れる内容が、そこには記されていた。
(別に、あの子の心配をしているわけじゃないわ。……ただ、聖女が政治に利用されて学園が荒れるのは、公爵家としても迷惑だもの)
* * *
放課後の中庭、リリアーナはセレスティアを呼び止めた。
「セレスティア・ルミナス。一つ、言っておくことがあるわ」
「はい、なんでしょうか」
「舞踏会で、誰にダンスを申し込まれても――特に、ダレンベルク家の男には、絶対に応じないで」
「え……」
セレスティアは目を丸くした。
「どうしてですか?」
「理由なんて、あなたが知る必要はないわ。ただ、応じたら後悔することになる。それだけよ」
「……もしかして、私のことを心配してくださっているんですか?」
「勘違いしないで! あなたのためじゃないわ。あの家と関わって、学園に面倒事が持ち込まれるのが嫌なだけよ」
リリアーナはつんと顔を背けたが、その耳がほんのり赤くなっていることに、セレスティアは気づいていた。
「……わかりました。リリアーナ様がそこまで仰るなら」
「そう、それでいいのよ」
(よし。これで、あの男につけ込まれる隙はなくなったはず)
* * *
舞踏会当日。
大広間はシャンデリアの光に満たされ、着飾った令息令嬢たちが優雅に踊っていた。
「セレスティア嬢、一曲お相手願えますか」
案の定、声をかけてきたのはゲオルグだった。整った笑みの奥に、値踏みするような目の色が見え隠れしている。
「申し訳ございません。今日は、先約がございますので」
セレスティアは丁寧に、しかしきっぱりと断った。
「先約? 失礼、どなたと」
「私よ」
割って入ったのは、リリアーナだった。
周囲がざわめく。令嬢同士が踊ることは珍しくないが、公爵令嬢が聖女候補を自ら指名するのは、この舞踏会では異例のことだった。
「ヴァルフェルト嬢が? これは失礼」
ゲオルグは肩をすくめ、笑みを崩さないまま去っていった。
(ふん。あの目つき、やっぱり油断ならないわ。今日のところは退散ね)
「リリアーナ様……ありがとうございます」
「勘違いしないでちょうだい。あなたが変な男に絡まれて、この舞踏会が台無しになったら、公爵家の面目が――」
「はい、そういうことにしておきます」
セレスティアは、くすくすと笑いながら、リリアーナに手を差し出した。
「では、踊っていただけますか、リリアーナ様」
「な……!?」
「先約は、私です、と申し上げてしまいましたので」
「そ、それは、その場しのぎで言っただけで――」
「ふふ、勘違いしないでくださいね。私が、リリアーナ様と踊りたいだけです」
リリアーナは言葉に詰まり、差し出された手をおずおずと取った。
二人が広間の中央でステップを踏み始めると、周囲からどよめきが漏れた。
* * *
「殿下、あれをご覧に……」
「見ている。見えている、レオン」
壁際で二人を見つめるアルベルトの手には、いつの間にか小さな手帳とペンが握られていた。
「本日の見所を記録しなければ。あの間合い、あの視線の交わし方……尊い」
「殿下、婚約者様と踊っているのは殿下ではなく――」
「わかっている! わかっているとも、レオン! だが今この瞬間だけは、記録者に徹させてくれ!」
「殿下、周りが困惑しています」
「今しばらく、頼む」
傍らのミリアも、静かに扇で顔を隠しながら肩を震わせていた。
(お嬢様……口ではあんなに否定なさっているのに、リード、お上手すぎます……)
* * *
曲が終わり、二人はそっと手を離した。
「ありがとうございました、リリアーナ様」
「べ、別に。あなたが妙な男に付け込まれないように踊っただけよ」
「はい。でも――」
セレスティアは、少しだけ声を落として続けた。
「守っていただいて、嬉しかったです」
その言葉に、リリアーナは何も言い返せなかった。
(な、なんなのよ、この子は。いつも、私の建前を通り越して……)
夜の帳が下りた大広間で、シャンデリアの光だけが、赤くなったリリアーナの頬を照らしていた。
<続きます>
次回予告:ダレンベルクは舞踏会での一件を根に持ち、密かにセレスティアを陥れる策略を巡らせ始める。リリアーナはその気配にいち早く気づくが――。




