第二話 悪役令嬢、地味な係に立候補する
『悪役令嬢の私が聖女に好かれてどうする!?』
第二話 悪役令嬢、地味な係に立候補する
「学園祭の出し物、各クラスで決を採ります。まずは実行委員を――」
担任教師の声に、教室がざわめいた。
リリアーナは、机の下でこっそり拳を握りしめていた。
(ここよ。ここでしっかり存在感を示すの。派手な係に立候補して、周りを従わせて……)
「はい、私が」
「では立候補多数ですので――ヴァルフェルト様は、どの係を?」
教壇の前に進み出たリリアーナは、胸を張って言い放った。
「後方の、雑務係で」
教室が静まり返った。
「え……」
「地味で目立たない、裏方の仕事よ。誰もやりたがらないでしょう。だから私がやってあげる」
(フン。悪役令嬢が裏方だなんて、誰も想像しないはず。これで「らしくない」と笑われて、少しは化けの皮が剥がれた気になるでしょう)
実のところ、リリアーナの狙いは別のところにあった。
(華やかな出し物の主役なんて、絶対にセレスティアに回ってくるに決まっているわ。だったら私は目立たないところに引っ込んで、あの子との接点を減らせばいい。これ以上、変な噂を立てられたくないもの)
「では、雑務係はヴァルフェルト様に」
「かしこまりました……」
担任も戸惑いを隠せない様子だったが、そのまま議事は進んでいった。
* * *
放課後、雑務係に集まったのはリリアーナを含めてわずか三人。
「当日の備品搬入、看板の設置、迷子案内……あとは、緊急時の対応窓口ね」
「緊急時の……対応窓口、ですか」
同じ係の生徒が不安げに尋ねた。
「そう。何かあったら、まず雑務係に連絡が来る。誰もやりたがらない、面倒な仕事よ」
(ちょうどいいわ。目立たず、静かに、当日が終わるのを待てばいいだけ)
リリアーナはそう考えていた。
このときはまだ、知らなかった。
学園祭本番、聖女候補としてステージに立つセレスティアの衣装の魔法紋様が、当日の朝になって突然、綻び始めるということを。
* * *
学園祭当日。
「た、大変です……! セレスティア様の衣装が……!」
案内所に駆け込んできた侍女の一人が、青ざめた顔で告げた。
「衣装の魔法紋様が崩れて、開幕までに間に合わないかもしれません……!」
その場にいた実行委員は誰も対応できず、右往左往するばかりだった。
そこへ、雑務係の腕章をつけたリリアーナが通りかかる。
「何を騒いでいるの」
「ヴァルフェルト様……! 実は……」
事情を聞いたリリアーナは、目を細めた。
(衣装の魔法紋様。ふん、聖女らしく着飾ろうっていうんでしょう。……別に、私には関係ないけれど)
「案内所に、裁縫箱と魔力補充用の触媒があったはずよ。持ってきなさい」
「え……ヴァルフェルト様が、直すんですか?」
「勘違いしないで。私がやるのは、当日の対応窓口としての仕事よ。雑務係の役目だもの」
(別にセレスティアのためじゃないわ。ただ、雑務係として問題を放置するわけにいかないだけ)
リリアーナは衣装を受け取ると、崩れかけた紋様を丁寧に――本人いわく「適当に」――魔力の糸で縫い直していく。
実のところ、この紋様は聖女特有の複雑な魔法陣構造をしており、生半可な知識では触ることすらできない代物だった。しかしリリアーナは、幼い頃から公爵家の跡取り教育の一環として、高度な魔法紋様学を叩き込まれていた。彼女自身、それを「悪役令嬢としての嗜み」くらいにしか思っていなかったが。
「……できたわ」
差し出された衣装を見て、その場の全員が息を呑んだ。
崩れていたはずの紋様は、以前よりも美しく、精緻に編み直されていた。
* * *
「リリアーナ様……!」
開幕直前、駆けつけたセレスティアが、直された衣装を胸に抱きしめた。
「ありがとうございます。もう、間に合わないかと思って……」
「勘違いしないで。あなたのためじゃないわ。雑務係として、当然のことをしただけよ」
「はい……そういうことにしておきます」
セレスティアはくすりと笑った。
「でも、私は知っています。リリアーナ様が、いつも私を助けてくださること」
「なっ……」
(な、なんでバレて――いいえ、バレてなんかいないわ。これは偶然よ、偶然)
「行ってらっしゃい、セレスティア様。……舞台で、転ばないようにね」
「はい!」
ステージへ向かうセレスティアの背中を見送りながら、リリアーナは小さくため息をついた。
(これで、また噂が広がるんでしょうね……)
* * *
案の定、学園祭が終わる頃には、こんな噂が広まっていた。
「聞いた? ヴァルフェルト様、地味な雑務係に立候補したのに、結局一番の功労者だったんだって」
「衣装の紋様、見たことないくらい綺麗だったって聖女様が」
「ヴァルフェルト様って、目立たないところで一番頑張るタイプなんだね……尊い」
「尊い……」
その様子を、来賓席から眺めていたアルベルトは、静かに拳を握りしめていた。
「レオン、見たか。彼女は目立ちたがらないふりをして、誰よりも尽くしている……」
「殿下、来賓の挨拶が――」
「わかっている。だが、今しばらく尊ませてくれ」
「殿下」
傍らに控えるミリアは、密かに笑みをこぼしていた。
(お嬢様、目立たない係に立候補したはずが、一番目立ってらっしゃる……)
<続きます>
次回予告:舞踏会が近づき、リリアーナはセレスティアに「絶対にダンスの誘いを受けるな」と忠告する。その裏には、聖女を巡るある貴族の思惑が――。




