第一話 悪役令嬢、本日も心を鬼にする(つもり)
新しい作品です。悪役令嬢がほぼ悪役をしてない設定を思いついたので書きました。
『悪役令嬢の私が聖女に好かれてどうする!?』
第一話 悪役令嬢、本日も心を鬼にする(つもり)
王立アルカディア学園の中庭には、朝から甘い花の匂いが漂っていた。
その花壇の前に、リリアーナ・ヴァルフェルトは仁王立ちしていた。
(今日という今日は、はっきり言ってやるわ)
「セレスティア・ルミナス!」
名を呼ばれた少女が振り向く。
柔らかな金の髪、澄んだ空色の瞳。学園中の噂になっている「聖女候補」その人だった。
「あ、リリアーナ様。おはようございます」
にこりと微笑まれて、リリアーナは一瞬怯んだ。
(ひ、怯んでる場合じゃないでしょう。私は公爵令嬢、しかも悪役令嬢なのよ)
「おはようございますじゃないわ! あなた、また目立とうとして花壇の世話なんかして……図々しいと思わないの?」
「え……図々しい、ですか?」
「そうよ! 聖女候補ってだけで調子に乗って! その花壇、私が触ってあげるから、あなたはすっこんでなさい」
言うが早いか、リリアーナは花壇の土に手を突っ込んだ。
(滅茶苦茶にしてやるわ。これで少しは私を怖がって、近づいてこなくなるはずよ)
根を乱暴に引き抜き、土をかき回す。
ところが。
「わあ……」
セレスティアの声に、リリアーナは顔を上げた。
乱雑に引き抜かれたはずの花々は、まるで最初からそう設計されていたかのように、美しい曲線を描いて再配置されていた。もつれていた根が、実はそれぞれの株の生育を妨げていたらしく、リリアーナが無造作にほどいたことで、風通しと日当たりが劇的に改善されていたのだ。
「リリアーナ様、すごいです……! この子たち、ずっと元気がなかったのに」
「なっ……」
(な、何よこれ。嫌がらせのはずなのに)
「もしかして、花壇の様子を見て、良くない配置だって気づいてくださっていたんですか?」
「そ、そんなわけないでしょう! 偶然よ、偶然!」
リリアーナは土のついた手を払い、ふん、と顔を背けた。
「勘違いしないで。あなたのためじゃないんだから」
セレスティアは、その背中をじっと見つめていた。
(……やっぱり、この方は)
優しい。
誰よりも、優しい。
* * *
昼休み、リリアーナは侍女のミリアを伴い、庭園の一角で作戦会議(と称した独り言)を繰り広げていた。
「花壇は失敗したわ。次よ、ミリア」
「はあ、次ですか」
「聖女候補は疲労で顔色が悪いと専らの噂。だったら――苦い薬草茶でも飲ませて、もっと弱らせてやればいいのよ」
「お嬢様、それはさすがに……」
「うるさいわね、これは悪役令嬢としての正しい判断よ」
リリアーナは温室の奥から、いかにも苦そうな薬草を選び出し、丁寧に――本人は「適当に」と言い張っているが、実際にはかなり丁寧に――煎じた。
そして放課後、セレスティアを呼び出す。
「はい、これ。飲みなさい」
「……これは?」
「あなたのために作ったんじゃないわよ。ただの薬草茶よ。まずいはずだから、覚悟しなさい」
セレスティアはおそるおそる口をつけ――目を丸くした。
「甘い……それに、体がぽかぽかします」
「なっ」
(な、なんで!? あれは疲労を悪化させる配合のはずじゃ……)
実のところ、リリアーナが選んだ薬草の組み合わせは、偶然にも聖女特有の魔力消耗による倦怠感に効く、非常に貴重な処方だった。彼女は薬草学の授業で誰よりも真剣にノートを取っていたが、そのことは誰にも――本人にすら――自覚されていない。
「リリアーナ様、ありがとうございます。最近、聖女の務めで魔力を使いすぎていて……本当に助かりました」
「か、勘違いしないで! あなたのためじゃ――」
「知っています」
セレスティアは、まっすぐにリリアーナを見た。
「リリアーナ様は、優しい方です」
「なっ……」
顔が熱くなるのを感じて、リリアーナは慌てて目を逸らした。
(な、何よその目は。私は悪役令嬢なのに)
* * *
その頃、学園長室では。
「殿下、今は執務中です」
「……すまない。だが見てくれ、レオン。今日も二人は尊かった」
王太子アルベルト・フォン・レインハルトは、護衛騎士レオンに窓の外を指し示していた。
「花壇の一件も、薬草茶の一件も、すべて報告が上がってきている。リリアーナは口では悪役ぶっているが、行動のすべてがセレスティア嬢への気遣いに満ちている……尊い」
「殿下、それは殿下の婚約者様のことですが」
「わかっている。わかっているとも。だからこそ尊いのだ」
アルベルトは執務机に頬杖をつき、遠い目をした。
「彼女の本当の優しさに、いつか周りが気づく日が来る。私はそれを、誰よりも近くで見守りたい」
「殿下、それはただの惚気では」
「違う。尊みへの敬意だ」
* * *
放課後の教室で、ミリアはリリアーナの髪を整えながら、こっそり笑みをこぼしていた。
(お嬢様ったら、今日もセレスティア様を助けて、しっかり照れていらっしゃる……尊い)
「ミリア、何をにやにやしているの」
「いいえ、何も。ただ、お嬢様は今日も悪役令嬢として完璧だったなと思いまして」
「でしょう!? 今日こそ、しっかり嫌われたはずよ」
「……ええ、そうですね」
(絶対に違うと思いますけど)
窓の外では、夕日を浴びたセレスティアが、花壇の花に水をやりながら、小さく微笑んでいた。
「また明日も、リリアーナ様に会える」
そう呟く声は、誰にも届かなかった。
誰にも――ただ一人、こっそり窓辺で見ていた侍女を除いては。
<続きます>
次回予告:学園祭の出し物を巡り、リリアーナは「絶対に目立たない地味な係」に立候補する。しかしその地味な係こそが、セレスティアの最大の窮地を救うことになって――?




