第二十二話 悪役令嬢、断罪される
『悪役令嬢の私が聖女に好かれてどうする!?』
第二十二話 悪役令嬢、断罪される
大魔法発表会当日。
王都中央広場には、王族、貴族、諸外国の使者、そして大勢の民衆が詰めかけていた。壇上に設えられた祭壇には、聖女の力を可視化するための巨大な魔法装置が据えられている。
「これより、聖女セレスティア・ルミナス様による、聖なる力の発表を執り行います」
司会の声が響き、セレスティアが祭壇の中央に進み出た。
その傍らには、警護として控えるリリアーナの姿があった。
「大丈夫?」
「はい」
小さな囁きを交わし、セレスティアは装置に手をかざした。
淡い光が満ち、澄んだ聖なる魔力が、広場いっぱいに広がっていく。
「おお……」
民衆から、感嘆のどよめきが漏れた。
(順調ね)
リリアーナは、周囲を警戒しながら、静かに見守っていた。
* * *
しかし、儀式が佳境に差し掛かったその瞬間。
「――っ!?」
セレスティアの表情が、突如として苦悶に歪んだ。
「セレスティア!?」
装置から溢れる光が、急速にその色を変え始める。制御を失った魔力が、暴れ馬のように荒れ狂い始めた。
「魔力が、暴走している……!」
「装置が、聖女の力を吸い上げすぎている……!」
会場は、一瞬にして混乱に包まれた。
(誰かが、装置に細工をした……!)
直感的に悟ったリリアーナは、迷わず祭壇に駆け上がった。
「下がって! 全員、離れて!」
「リリアーナ様、危ない――」
「今は、それどころじゃないわ!」
リリアーナは、暴走する魔力の奔流に向かって、自らの闇属性の魔力を叩き込んだ。
「くっ……!」
聖なる力と、闇の魔力が真っ向からぶつかり合う。凄まじい衝撃波が広場を揺らし、悲鳴が上がった。
(このまま、力を相殺すれば……!)
リリアーナは、全神経を集中させ、暴走する力を必死に抑え込んでいく。
* * *
激しい光と衝撃の中、セレスティアの体が、力尽きたように崩れ落ちた。
「セレスティア!」
辛うじて暴走を抑え込んだリリアーナは、倒れたセレスティアを抱きかかえた。
「セレスティア、しっかりして……!」
返事はなかった。意識を失っているのだ。
(良かった……息は、ある)
安堵したのも束の間、リリアーナは、自分の周囲に集まった視線に気づいた。
「今の……見た?」
「ヴァルフェルト様の、闇の魔力が……聖女様に……」
「聖女様が、意識を失って……」
ざわめきが、瞬く間に広がっていく。
「な……違うわ! 私は、暴走を止めようとして――」
「でも、闇の魔力を、聖女様にぶつけていたじゃない」
「あれは相殺するためで――」
「聖女様は、何も証言できない状態なんでしょう?」
その一言に、リリアーナは息を呑んだ。
(そうだ……セレスティアが、意識を失っている。私の言葉だけじゃ、誰も……)
「以前から噂になっていたじゃない。『自作自演』の噂」
「まさか、最初から、こうなることを狙っていたんじゃ……」
「悪役令嬢が、ついに本性を現した、ってこと?」
じわじわと広がる悪意の解釈に、リリアーナは反論の言葉を失った。
* * *
「――待て」
その場に駆けつけたアルベルトが、鋭く声を張った。
「リリアーナは、聖女を守ろうとしただけだ。私が、この目で見ていた」
「殿下……」
「殿下も、あの場にいらっしゃったのですか」
「いや、儀式進行の確認で、少し離れた場所にいた。だが――」
「では、殿下も、決定的な瞬間を、はっきりとご覧になったわけではないのですね」
その指摘に、アルベルトは言葉に詰まった。
「それは……」
「殿下の証言は、婚約者への贔屓とも取れます。中立な立場からの検証が必要かと」
周囲の貴族たちから、次々と声が上がる。
「装置の細工についても、まだ調査中なのでしょう」
「聖女様が目覚めるまで、真相は分からないのでは」
「その間、公爵令嬢を野放しにしておくのは、危険すぎます」
アルベルトは、拳を強く握りしめた。
(このままでは……)
「殿下、王家として、事態の沈静化のためにも、暫定的な措置が必要です」
宰相の声が、重く響いた。
「ヴァルフェルト公爵令嬢の、身柄の拘束を進言いたします」
「――っ」
リリアーナは、静かに目を閉じた。
(ここで暴れたら、余計に疑いを深めるだけだわ)
「……わかりました」
リリアーナは、抵抗することなく、衛兵に両腕を取られた。
「リリアーナ!」
「殿下」
リリアーナは、静かにアルベルトを見つめた。
「大丈夫です。セレスティアが目覚めれば、きっと、誤解は解けますから」
そう言い残し、リリアーナは、連行されていった。
* * *
数日後、王城の一室。
「殿下、貴族院からの正式な要求です」
宰相が、重々しく告げた。
「ヴァルフェルト公爵令嬢との婚約破棄、及び国外追放。これが、事態を収拾する唯一の道と、大多数の貴族が判断しております」
「彼女は、何もしていない! セレスティアを守っただけだ!」
「殿下のお気持ちは理解しております。しかし――」
宰相は、静かに、しかし容赦なく続けた。
「聖女候補が意識不明のまま、真相を証言できる者がいない状況で、公爵令嬢を無罪放免にすれば、王家の判断そのものが疑われます。それは、王国の威信に関わる問題です」
「……」
「加えて、これまでの『自作自演』の噂も、民衆の間で燻り続けています。この機を逃せば、王家への不信すら招きかねません」
アルベルトは、拳を震わせながら、俯いた。
(分かっている……分かっているんだ、レオン)
(彼女の潔白は、私が誰よりも知っている。だが……)
「殿下、ご決断を」
長い沈黙の後、アルベルトは、絞り出すように口を開いた。
「……分かった」
その声には、抑えきれない苦渋が滲んでいた。
「婚約破棄、及び国外追放の手続きを、進めよ」
「かしこまりました」
宰相が退室した後、アルベルトは、崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。
「レオン……私は、なんて無力なんだ」
「殿下……」
「彼女を、守ると誓ったのに……」
窓の外には、重く垂れ込めた雲が広がっていた。
* * *
牢の中で、リリアーナは静かに座り込んでいた。
「――お嬢様」
面会に訪れたミリアが、涙を堪えながら声をかけた。
「ミリア……セレスティアは」
「まだ、目を覚まされていません」
「そう……」
リリアーナは、小さく息をついた。
(皮肉なものね。これじゃあ、本当に、悪役令嬢そのものじゃない)
(でも、後悔はしていないわ。あの子を、守れたんだもの)
「お嬢様、婚約破棄と、国外追放が……」
「知っているわ」
リリアーナは、静かに目を伏せた。
「仕方ないわね。……これが、悪役令嬢の、最後の役目なのかもしれない」
「お嬢様……!」
「大丈夫よ、ミリア」
リリアーナは、無理に微笑んでみせた。
「私は、悪役令嬢だもの。嫌われて、追放されるくらい――」
その声が、微かに震えていた。
「――もう、慣れているわ」
<続きます>
次回予告:断罪の日、王都に集められた大勢の前で、婚約破棄と国外追放が正式に言い渡されようとしていた。そのとき、意識を取り戻したセレスティアが――。
次回、最終回…




