第十六話 悪役令嬢、不穏な影に気づく
『悪役令嬢の私が聖女に好かれてどうする!?』
第十六話 悪役令嬢、不穏な影に気づく
王都の外れで、聖女教会の分院が何者かに襲撃された――その一報が学園に届いたのは、生徒会活動が落ち着き始めた、ある朝のことだった。
「分院の……襲撃?」
朝礼前の職員室に呼び出されたセレスティアは、担任教師から神妙な面持ちで説明を受けていた。
「幸い、死傷者は出ていません。ですが、分院に保管されていた聖女関連の資料や、聖遺物の一部が奪われたとのことです」
「聖遺物……」
「今のところ、犯人の目星はついていません。念のため、学園内の警備も強化することになりました」
リリアーナは、廊下でその話を偶然耳にし、足を止めた。
(聖女関連の資料に、聖遺物……もしかして)
* * *
放課後、リリアーナは父の書斎から持ち出した情報網を頼りに、独自に調査を進めていた。
「ミリア、王都で最近、不審な動きは?」
「実は、少し気になる噂があります」
ミリアは、声を潜めて続けた。
「『黎明教団』という、聞き慣れない組織の名が、裏社会で囁かれているそうです」
「黎明教団?」
「表向きは、慈善活動を行う宗教団体だそうですが……実態は、失われた古代魔法――特に、聖女の力の源に関する研究をしているとか」
「聖女の力の、源……」
(まさか、セレスティアを狙っているんじゃ)
「お嬢様?」
「なんでもないわ。……いいえ、なんでもなくないわね」
リリアーナは、資料を睨みつけながら、低く呟いた。
「もし、あの教団がセレスティアに接触しようとしているなら、絶対に許さない」
(別に、あの子が心配だから、なんて理由じゃないわ。……いえ、正直に言えば、それが一番大きい理由だけれど)
* * *
数日後、生徒会室でセレスティアが不安げな表情を見せた。
「最近、なんだか、視線を感じることがあるんです」
「視線?」
「はい。誰もいないはずの廊下や、庭園で……気のせいかもしれないんですけど」
「気のせいじゃないかもしれないわ」
リリアーナは、真剣な表情でセレスティアに向き直った。
「聖女関連の資料を狙う組織がいるという噂があるの。あなたも、標的にされている可能性があるわ」
「そんな……」
「怖がらせるつもりはないけど、油断はしないで。一人で行動するのは、しばらく控えたほうがいいわ」
「はい……でも、リリアーナ様、そんなに調べてくださっていたなんて」
「べ、別に、あなたのためじゃないわよ。学園の治安が乱れるのが嫌なだけ」
「はい、そういうことにしておきます」
セレスティアは、微笑みながらも、少し不安そうな表情を隠せなかった。
「大丈夫よ」
リリアーナは、その表情に気づき、静かに続けた。
「何があっても、私が守るから」
「――え?」
「な、なんでもないわ! 今の、忘れなさい!」
「忘れません」
「な!?」
「大切な言葉ですから」
セレスティアは、頬を染めながら、そっと微笑んだ。
* * *
その夜、王城では、アルベルトが緊急の報告を受けていた。
「殿下、分院の襲撃の件、王家の諜報部が独自に調査を進めております」
「黎明教団、か……」
アルベルトの表情が、珍しく硬くなった。
「レオン、この件、リリアーナには」
「既に、独自にお調べになっているようです」
「相変わらず、行動が早い」
アルベルトは、窓の外を見つめながら、静かに呟いた。
「もし、あの教団が本当にセレスティア嬢を狙っているなら……学園の警備だけでは、心もとないかもしれない」
「王家として、正式な護衛を配置しますか」
「いや」
アルベルトは、首を振った。
「今はまだ、様子を見よう。それに――」
その脳裏に、リリアーナの言葉が過った。「何があっても、私が守るから」。
「彼女がいる限り、そう簡単には、手出しさせないだろう」
「随分と、信頼していらっしゃるんですね」
「当然だ」
アルベルトは、静かに、しかし確信を込めて頷いた。
「彼女は、誰よりも強く、誰よりも優しい。……たとえ本人が、それを認めていなくとも」
* * *
一方その頃、王都の外れにある廃教会の地下で、複数の人影が、古びた聖遺物を前に、何かを囁き合っていた。
「――『器』の候補、ほぼ間違いないな」
「アルカディア学園に通う、聖女候補か」
「厄介なのは、傍に強い守護者がいるという点だ」
「守護者?」
「公爵家の令嬢だ。表向きは『悪役令嬢』と呼ばれているらしいが」
ぼんやりとした灯りの下、影の一人が、低く笑った。
「悪役令嬢、か。皮肉なものだな。本物の悪意には、まるで気づいていないだろうに」
「どうする」
「焦る必要はない。機は、必ず訪れる」
その声は、静かに闇の中へと消えていった。
<続きます>
次回予告:黎明教団の影が着実に近づく中、学園では春の遠足――異界の遺跡探索実習が予定されている。何も知らない生徒たちを乗せて、危険な旅路が始まろうとしていた。




