第38話 C型ファイント討伐作戦-決着
澄んだ快音が、周囲へつかの間の静寂をもたらす。
「■■……!」
数拍ののち、耳朶を叩いたのは、C型ファイントが漏らした断末魔の声。
大剣の切っ先を地面へ突き立て、強引にその場へ自分を縫い留める。
手ごたえはあった。そんな確信と共に振り返った俺の視界に映ったのは――
天を振り仰いだ後、轟音と共にその場へゆっくりと倒れ伏す、巨体の姿だった。
「……やっ、た?」
足先へ伝わる地響きの振動がやんだところで、思わずぽつりとそう漏らす。
口走ってから「よくないセリフだ」と慌てて口を塞ぐが、目の前で横たわる異形の巨体は、いっこうに起き上がる気配を見せない。
念のため、装甲頭冠の複合センサーを起動してみるが、センサーは静かに沈黙したまま。
「周囲に敵性反応なし」という結果通知が、俺の視界の端に小さく記されるだけだった。
《C型ファイント、沈黙。熱源、生体……共に反応、ありません》
呆然と立ち尽くす俺の耳に、マザーの声が通信機越しに届く。
《――――対象の討伐を確認しました。全機へ通達、現時刻をもって、作戦を完了とします!》
無線の向こうから響いてくるのは、先ほどまでの緊張感から解放された、晴れ晴れとした声。
――それは、俺たちが勝利を掴んだことを示す、高らかな勝鬨だった。
「……勝てた、のか」
マザーからの通達を聞き届けたことで、いまいち湧いてこなかった実感が、ようやく明確な形を帯び始める。
ついと視線を向けてみるが、そこにある巨体は、頽れて倒れ伏したまま動かない。
手元に視線を落とせば、激戦を経てすっかり傷と煤にまみれた愛用の大剣が、大仕事を終えたことを無言で語るかのように、静かにその場へ突き立っていた。
「――そっか、勝ったんだ」
胸に渦巻く感情は複雑で、口をついて出る言葉も、ついどこか他人行儀になってしまう。
それでも、そうして事実を口に出せば、漠然とした結果が確かな実感とを伴い、ゆっくりと心身に沁みていくのがわかった。
「チヒロちゃーん!!」
ふと、馴染みのある声が聞こえてくる。
声のする方向へ振り返ってみると、そこにいたのはスイ。上空からゆっくりと着地した彼女が、その顔に満面の笑みを浮かべながら、俺の元へと駆け寄ってくるのが見えた。
「お疲れ様〜っ! やったよ、わたしたちでアイツを倒せたんだよー!!」
「うぉわっ?!」
そのまま走り寄ってきたスイは、俺に飛びつくような勢いでハグを敢行。
咄嗟に抱き止めようとするが、緊張がほぐれて弛緩した躯体は思うように踏ん張れない。がくりと視界が揺らいだ後、気がつけば俺たちは2人揃ってその場に倒れ伏していた。
「あたた……えへ、ごめんねチヒロちゃん」
すぐに立ち上がり、謝りながら手を差し伸べてくるスイに「気にしないで」と伝え、その手を取って起き上がる。
「改めて、お疲れ様! リベンジ、果たせたね!」
「あぁ、お疲れ様。……それと、来てくれてありがとう。援軍があったとはいえ、スイが来てくれなかったら、たぶん勝てなかったよ」
「んー、そんなことないと思うけどねぇ。――でも、そう言ってくれるのは嬉しいから、ここは素直に受け取っちゃおうかな」
スイの悪戯っぽい笑みに苦笑を漏らしていると、ふいに頭上から影がかかる。
何が来たのかと見上げてみれば、そこには二人の鎧装機兵が、こちらへ手を振りながら降下してくる姿があった。
「チヒロさんとスイさんですわね。お二方とも、ご無事のようで何よりですわ!」
着地して早々、労いの言葉と共に一歩前へ進み出てきたのは、どこか豪奢さを醸し出す佇まいの鎧装機兵だ。
くるりとロールさせたラベンダー色の長髪をなびかせる彼女は、俺たちへ視線を向けると、シトリンのような淡い黄色の目を細め、嬉しそうに笑って見せた。
「その声……支援してくれてた鎧装機兵?」
「ご名答ですわ。改めて、わたくしが〈ユズリハ〉です。で、こちらが砲撃支援を担っていた〈ツクヨミ〉ですわ」
ユズリハと名乗った鎧装機兵に手で示されたもう一人の鎧装機兵が、どこか慌ただしい様子で一礼する。
「ご、ご紹介に預かりました、〈ツクヨミ〉ですっ。い、いつもはお姉様とタッグを組んでお仕事してまして……お見知り置きいただけると嬉しいですっ!」
そう言って、ツクヨミと名乗った鎧装機兵は、肩まで伸ばした黒髪を乱しながらまた一礼する。
前髪の隙間から覗く新緑色の瞳は相変わらずしどろもどろで、「あまり人慣れしていないなりに頑張っているのだろう」ということが、容易に伝わってきた。
「よろしく。改めて、俺がチヒロでこっちがスイだ。――あの状況下で、よく支援に来てくれたな。本当に助かったよ」
「お気になさらず。力ある者の責務として、戦う力が残されていたのならば、立ち上がるのは当然のことですわ!」
「お、お姉様の言うとおりです。それが、鎧装機兵の本分……でしたよね、お姉様」
遠慮がちにツクヨミが主張すると、我が意を得たりと言わんばかりにユズリハが胸を張る。
いかにもアクが強くてソリの合わなさそうな二人だと思ったが、その実は意外にも良好な関係を築いているようだ。
アンバランスさとは裏腹なやり取りを眺めていると、エンジン音の近づいてくる音が耳に入る。
音の方角――頭上を振り仰いでみると、そこにあったのは一台の輸送機。翼端のエンジンを吹かして高度を下げ始めたそれは、どうやら俺たちのほど高くめがけて着陸しようとしているようだった。
《四人とも、聞こえていますね。C型ファイントの討伐、本当にお疲れ様でした》
続けて耳に響くのは、マザーの声。
先の達成報告と比べると抑揚こそ元通りになっているが、その声音には安堵の感情が多分に混じっていて、ねぎらいの言葉はいつも以上に慈愛の色が濃く聞こえた。
《勝利して早々で申し訳ありませんが、戦闘ログの抽出と躯体のオーバーホールを行わせてもらいます。諸々の事後処理は予備隊が担いますので、あなた方は先の帰投をお願いします》
言い回しこそやや事務的だが、ログ抽出とメンテナンスとなると、俺たちには眠る以外の選択肢がない。ようするに「あとは他に任せて休め」ということだろう。
「了解です。すぐ帰還します」
《お待ちしていますよ。……本当に、よく頑張ってくれました。四人とも、ありがとうございます》
伝えられるのは、万感の思いを込めた謝辞。
俺の心に「本当に終わったんだ」という感慨を与えてくれるような優しい言葉を最後に、マザーからの通信はぷつりと途切れた。
「帰ろう、チヒロちゃん。……自業自得とはいえ、わたしくたびれちゃった」
「だな。俺もクタクタだ。――帰ろう、みんな」
苦笑するスイに便乗して音頭を取ると、残る二人も揃って頷く。
大きな戦いを終えた余韻と、雪辱を果たせたことへの安堵。
筆舌に尽くしがたい感情を温かく胸に感じながら、俺はコロニーへの帰路へ着くべく、仲間たちと連れ立って歩き始めた。




