第39話 デブリーフィング
「――揃いましたね。では、遅まきとなりましたが、C型ファイント討伐作戦のデブリーフィングを始めます」
大部屋に揃った鎧装機兵たちを見回してから、壇上に立つマザーがそう切り出す。
未曾有の脅威たるC型ファイントの討伐作戦から、早いもので一週間近くが過ぎたころ。
俺たち、討伐作戦に参加した鎧装機兵は、いつもの大会議室へ集まり、作戦終了の報告会を行っていた。
本来、デブリーフィングは作戦の終了直後に行われるのが通例だ。
だが、作戦に参加した鎧装機兵のメンテナンスや、放置されることになった戦場の事後処理など、作戦終了直後は色々な問題が山積みだったらしい。
それらを解消すべく、マザー率いる専門部隊が対応に奔走した結果、デブリーフィングが遅れに遅れることとなったのだそうだ。
――らしい、などの推測形が多くなっているのは、俺自身がその現場を見ていないからだ。
というのも、最前線で最後の最後まで戦い抜いていた俺と、無理やり出撃してきたスイの二人は、マザーから「ひときわ精密な検査とメンテナンスを受けるように」厳命されたのである。
戦闘ログの抽出やそこから得られるデータの解析など、メンテナンス以外のあれこれにも期間が充てられていたこともあり、俺自身はここ一週間の間、ずっとメンテナンスポッドの中に閉じ込められて――もとい寝かされていた。そのため、直近の出来事は人づてに聞いた情報しか持ち合わせていないのである。
「まずは、この一週間にわたる事後処理を行ってくれた鎧装機兵のみなさん、大変お疲れさまでした。おかげさまで、討伐したC型ファイントの収容や、戦場に遺棄された武装類の回収など、必要なタスクは概ねこなすことができました」
マザーが大会議室の一角へ視線を向けると、そこにいた鎧装機兵たちが一様に会釈。
おそらくは事後処理にあたったチームであろう面々の反応を見た後、マザーはさらに言葉を続ける。
「また、今回の作戦に携わった全鎧装機兵の皆様にも、改めてよく戦い抜いてくださいました。――そして、かの戦いで破壊され犠牲となってしまった者も、この場を借りて哀悼の意を捧げます。皆様も、どうか黙祷をお願いします」
そういって、マザーはその場で両手を組み、祈るようなしぐさを見せる。
マザーの嘆願に従って、俺たちもまた、この場にいない者たち――かの戦いで帰らぬものとなった鎧装機兵たちに、黙祷を捧げた。
聞いた話によれば、今回の作戦に参加した鎧装機兵の総数は、強襲班と砲撃班の総数が42機。スイを含めた予備隊が9機で、合わせて51機の鎧装機兵が動員されていたという。
そしてそのうち、強襲班の8機、砲撃班の3機が大破。完全に機能停止してしまった彼女らは、マザーたちの手で手厚く葬られたのだそうだ。
「今回の戦闘は、コロニーが直面してきた問題の中で、もっとも直接的脅威度の高い問題でした。仮に対処が遅れていた場合、コロニーが致命的なダメージを被り、人類の生存が絶望的になっていた恐れもあります。それを未然に防ぐことができたのは、ひとえにここにいる皆の奮闘があったからです。――本当に、ありがとうございました」
大会議室の席に座る俺たちを見回し、マザーはその場で腰を折り、深々と頭を下げる。
その口から紡がれるのは、作戦終了の折、無線越しに聞いたものと同じ声色。大仕事を成し遂げたという実感を抱かせる、優しい感謝の言葉だった。
「個々に報酬を渡す、ということはできませんが、祝勝会を兼ねて、コロニーの飲食店をお借りさせていただきました」
そういって、マザーは集合地点の指示も兼ねてか、壇上のモニタに一軒の店を映す。
いかにも飲食店といった構えの建物は、記憶に新しい場所だ。俺が配達業務の時に立ち寄った、シシリーという女性の経営する店で間違いないだろう。
「ささやかではありますが、この作戦の成功を、皆で祝うとしましょう。参加したい方は、こちらのお店まで足を運んでください。――では、この場は解散といたします」
そう宣言すると、マザーはいつもとは違い、躯体姿そのままで大会議室を後にする。
その後ろ姿に並ぶような形で、この場にいた8割ほどの鎧装機兵が、祝勝会に参加するべく席を立ち始めた。
《――チヒロ。あなたもぜひ参加してください。立役者が誰もいない祝勝会は、さすがに味気ないですからね》
さて俺も、といったタイミングで、目の前に突然ホログラムが出現する。
いきなりすぎて面食らう俺をよそに、マザーのホログラムはいたずらっぽく笑うと、そのまま光を霧散させてその場から立ち消えていった。
「……お見通しかぁ」
思うところがあって祝勝会には参加しないつもりだったのだが、マザーの言うことにも一理はある。
勝利を祝うための催しなのに、その勝利に貢献した者が参加しないのもおかしな話だ。他の機兵たちの士気にも関わるだろうし、立役者の責任として、しっかり参加しておくべきだろう。
「ま、あのお店の料理は美味しかったし、また食べに行くのも悪くないか」
一人ごちて、適当な理由をでっち上げてから、俺は祝勝会の会場へ向かうべく、改めて席を立った。
*
シシリーの店で催されたささやかな祝勝会は、あっという間に終わりを迎えた。
元々が食べて飲むだけの催しだったことに加えて、俺の元に代わる代わるやってくる鎧装機兵たちと話し込んでいたこともあり、体感時間は驚くほどに短かったのである。
色々な話――主に他の機兵から見た俺たちの奮闘ぶりも聴けたし、女将さんことシシリーの料理も堪能できたので、結果的には参加してよかったと思える催しだった。
そうして終わった祝勝会から抜け出した俺は、穏やかに静まり返った通路を歩き、自室へと戻る。
扉の横に据え付けられたパネルへ手をかざし、出入り口を解錠。圧縮空気の抜ける音を立てて開いた自動扉の向こうにある光景を見て――
「――あ、おかえりチヒロちゃん!」
そこにあった人影の――スイの存在に、俺は少なくない驚きに見舞われた。
「スイ?! まだメンテナンスの途中だったんじゃ?」
「ううん、ほんの20分くらい前にようやく出ていいっていわれたよ~。いやー、長いお休みでくたびれちゃったよ」
マザーの通達に続き、またも面食らわされる俺をよそに、自分のベッドに腰かけたスイは、そう言ってのほほんと笑って見せる。
「でも、惜しいことしちゃったなぁ。もう少しはやくメンテナンスが終わるくらいの損傷にとどめておけたら、わたしも祝勝会に参加できたのに……次からはもうちょっと考えて無茶しないとねー」
かと思えば、唇を尖らせてむくれ、さらに自嘲気味に苦笑を漏らす。
そう、俺が祝勝会への参加を辞退しようとした理由は、ここにいる彼女の存在だ。
スイはもともと、前哨戦の段階でかなりの痛手を負っていたところを、無理をおして討伐作戦へ参加しにきていた。
おかげさまで、もともと治りきっていなかった部分に余計なダメージが入ったり、無理やり中断したことによる不具合が散見されたため、俺以上に長い療養期間が設けられていたのである。
「まだ快復しきっていないもう一人の立役者を差し置いて、一人だけ楽しむのは気が引ける」。
そんな心境的理由もあって、俺は先の祝勝会への参加を渋っていたのだ。
「いや、無茶はしないで……って言っても、それに助けられた身としては何とも言えないな。――とりあえず、お帰り、スイ。無事に戻ってきてくれて、嬉しいよ」
あの日――討伐作戦の時にはついぞかけられなかった言葉を、今度こそ伝える。
「うん、ただいまチヒロちゃん。それと、心配かけちゃって、ごめんね」
そう返してくるスイのふるまいや表情は、前哨戦の苦い結末からこっち、まともに顔も見合わせることもできなかった彼女のそれと寸分たがわなくて。
それが、なんだかとてつもない安心感をもたらしてくれるような、そんな気がした。
「……それで、スイさん? なんでこんな近いんですか?」
部屋へ入り、ひと心地付いたところで、俺は恐る恐るそう切り出す。
話しかけた相手は、俺と並んで座っているスイだ。俺がベッドに腰を下ろした直後、彼女はおもむろに立ち上がり、俺の隣に空いていたスペースへいそいそと移動してきたのである。
「ずっとメンテナンスポッドの中にいたから、人肌恋しくなっちゃってねー。ちょっとだけでいいから、こうさせてくれない?」
「ん……まぁ、俺は構わないけど」
特に拒む理由もないので承諾すると、スイは「ありがと~」と気の抜けた声を漏らし、俺に体重を預けてくる。
重心を調整しているのか、それとも彼女がロボットらしからぬ軽さなのかはわからないが、圧迫感はほとんど感じない。代わりに、間近で触れあう彼女の柔らかな温もりがダイレクトに伝わってきて、どこか落ち着かない心地だった。
「……わたしね。こうしてると、あの時無茶してよかったな、って思うよ」
そんな中、スイはぽつりとつぶやく。
「それは、俺が生きてるから?」
「うん。こうしてわたしと親しくしてくれる鎧装機兵ってほとんどいなかったから、なおさらそう思っちゃうんだ」
続く言葉は、どこか影のかかったもの。
ふだんからそんな様子を微塵も見せなかった彼女の今の姿は、痛手を負ったあの日の姿よりも、さらに繊細で弱弱しく見えた。
「前も言ったけど、わたしは鎧装機兵としてもけっこう『長生き』なんだ。技術も知識も、自慢じゃないけど他の機兵より蓄えてて――だからずっと、『並び立つ仲間』としては、あまり見られてこなかったんだ」
「……ようは、憧れの存在みたいに見られて、一歩引かれちゃってたってことか」
「そういうことだねー。だから、そういう先入観なしで接してくれるチヒロちゃんの存在って、実はとってもありがたかったんだよ。……そんなチヒロちゃんを失っちゃうかもって考えると、居てもたってもいられなくなっちゃったんだ」
人懐っこく振舞うふだんのスイからは考えもつかない本音に、少し驚きが混じる。
いや、あるいはそんな経歴があったからこそ、「貴重な存在」である俺に対して、ことさらに人懐っこくなっていたのかもしれない。
「おかしな話だよねぇ。出会ってからそんなに時間も経ってないはずなのにさ。わたし、ヤンデレの素質でもあるのかな?」
「おぉ……その単語をスイの口から聞くとは思わなかった」
困ったように笑うスイのしぐさと、突然出てきた現代チックなワードの組み合わせが奇妙にツボを刺激して、思わず苦笑が漏れる。
「まぁ、無理もないんじゃないか? 普通の人間でも、孤独に耐えられない人ってそれなりにいるからさ。ヒトと変わらない心を持つ鎧装機兵がそう思うのも、おかしな話じゃないと思うぞ」
「んへへ、そっかぁ。元人間のチヒロちゃんがそう言ってくれるなら、その通りなのかもねぇ」
照れ隠しなのか、俺の方に乗っかったスイの頭がぐりぐりと押し付けられる。
さらりと流れる銀髪はとても柔らかくて、肌を撫でるたびに妙なくすぐったさが触角を刺激した。
「……俺としても、スイがいてくれたから、こうして右も左もわからない世界でやってこれたからさ。そういう意味では、俺も負けないくらい感謝してるよ」
「そっかそっか。じゃ、わたしたちお互い様だね」
「かもな」
ぐりぐり攻撃をやめ、またゆるりと笑うスイ。そんな彼女へ向けて、俺はおもむろに手を差し伸べる。
「だからさ。スイさえよければ、これからもよろしくな」
「――うん、こちらこそ。これからも頑張っていこうね、チヒロちゃん」
これからを共にしたいという思いを言葉に乗せて、俺たちは向かい合い、握手を交わし――
「というわけで、これはわたしからの親愛の証ーっ!」
「おあーッ?!」
感情の爆発か照れ隠しか、けっこうな勢いでハグを決めてくるスイに、俺は素っ頓狂な悲鳴を上げることとなった。




