第37話 C型ファイント討伐作戦-3
《――スイ?! あなた、どうしてそこにいるのですか!?》
俺が驚きの声を上げるよりも早く、無線機越しにマザーの声が――俺以上に驚きでひっくり返った声が響き渡る。
それはつまり、マザーにとってもスイが予期せぬ闖入者であることの証明でもあった。
「えへへ、ごめんなさい、マザー。いてもたってもいられなくて、ヴィクターさんにお願いして飛び出してきちゃいました」
《ッ……そうですか、ヴィクターが言っていたのはあなたのことだったのですね》
両者共にヴィクターの名前を出し、マザーが納得したように呟くが、直後に《しかし!》と言葉が続く。
《だとしても、その状態で無理やり出撃するなど言語道断です! 下手をすれば、今しがたの攻撃が致命打になる可能性もあったのですよ?!》
マザーがそう叱り飛ばしたことで、俺もようやくスイの状態に意識が向いた。
一見すれば完調のように見えるが、装着している鎧装には、いつものものと微妙に形や色の違う部分が――応急修理の痕跡が混じっている。
さらにいえば、着込んだ戦闘服の隙間から見えるスイ自身の肌もところどころが欠けていて、中の人工筋肉や機械部品が一部剥き出しのまま。「中途半端にしか修理が完了していない」ことは、誰が見ても一目瞭然だった。
「うん、反省してます。――でも、それでもわたしは戦いたいんです」
素直に反省の意を見せながらも、しかしスイは折れない。
《……それは、リベンジのためですか?》
「それもあります。でも――いちばんは、チヒロちゃんを助けたかったからです」
唐突に俺の名前が出てきて困惑する中、スイは俺へ向き直る。
「チヒロちゃんは知らないと思うけどね? わたし、こう見えてチヒロちゃんのこと、かなり大切に思ってるんだよ」
さらに、スイの口からは唐突にそんな宣言が飛び出してくる始末。
突然のカミングアウトに目を白黒させる俺をみておかしそうに笑いながら、スイは言葉を続ける。
「わたしね、けっこう前からずっと独りだったの。任務でもコロニーの中でも、人と接することってほとんどなくて、それがわたしにとっての普通だったんだ」
言われて、はたと気づく。
思い返してみれば、確かにスイが「誰かと行動を共にしていた場面」は見たことがなかった。単に自分が出くわしていないだけだろうと思っていたが、どうやらそれは思い違いだったらしい。
「でも、チヒロちゃんと出会ってからは、なんだかチヒロちゃんのことが気になるようになっちゃって。病室を訪ねたり相部屋を提案したり、柄にもないことをいろいろしちゃってたんだ」
そういえば、今の相部屋状態も、元々はスイがマザーへ提案したものだと本人が言っていたのを思い出す。
あの時は「その方が色々と都合が良かったから」と説明されていたが、まさかそんな裏事情があったとは思いもよらなかった。
「……つまり、スイは俺のこと、ずっと気にかけてくれてたんだな」
「んー、ちょっと違うな。どっちかといえば、『わたしが勝手にチヒロちゃんのことを気に入ってただけ』って言った方が近いと思うんだ」
おとがいに指を添え、照れくさそうにスイが笑う。
かと思えば、その笑みを真面目なものに切り替えて、彼女はまっすぐに俺へと向き直った。
「だから、これは単なるわたしのわがまま。わたしの好きなチヒロちゃんの助けになって、2人でいっしょにアイツを倒したい。だから、わたしはここに来たんだ」
そんな宣言と共に、スイはまっすぐに俺へ手を差し伸べてくる。
「だから行こう、チヒロちゃん。アイツを倒して、コロニーを守って――それから、2人揃ってコロニーへ帰ろう。今度こそ、ちゃんとね」
今度こそ。その言葉はきっと、前回の苦い出来事を繰り返させまいとする、彼女なりの決意なのだろう。
――だったら、俺が返すべき言葉は決まっている。こうしてこの場にいる俺にも、胸に抱えた決意があるのだ。
「――あぁ、行こう。今度こそ、足は引っ張らないからな」
差し伸べられた手を、しかと握り、立ち上がる。
視界に浮かんでいたアラートは全て消えた。躯体の節々に重さは残っているが、この程度なら問題ない!
「――そういうわけです、マザー。G2-009、現時刻を持って戦列へ参加します」
《…………わかりました。私としては断固反対したいところですが、状況が状況です。強襲班4番隊、協力してC型ファイントへの対処に当たってください!》
『はい!!』
異口同音にマザーへ返答しつつ、俺たちはそれぞれに武器を構え直す。
復調した機動推進器を限界まで吹かしつつ、脚装外殻で強く地を蹴ることで、俺たちは矢のようにその場を飛び出した。
「⬛︎⬛︎⬛︎……!!」
眩くたなびくブーストの光を視認したのか、C型ファイントがどこか忌々しげなそぶりでこちらへ向き直る。
今度こそはと再び火球が放たれるが、俺たちは勢いを落とさない。左右へ弾かれるように散開すれば、必殺の火球は肌を焼く熱だけを残して、かなた後方へと逸れていった。
「アイツの足元に飛び込むよ、チヒロちゃん!」
「あぁ!!」
間近に迫った俺たちを遠ざけんと、C型ファイントは残り少ない機銃を駆使して俺たちへ弾幕を浴びせる。
だが、密度という最大の武器を削がれた弾幕は、大剣の腹を盾にしながら突撃する俺を止めるには至らなかった。
「はあぁぁぁッ!!!」
再び捉えた懐。
雄叫びと共に振るった大剣は――しかし、俺に意識を集中したC型ファイントのバリアに阻まれてしまった。
「ぬ、ぐ……ッ!!」
目前で明滅する力場からは、突き立てた刀身を通じて鋼のように硬質な感覚が伝わってくる。
膂力に任せて強引に押し込もうとするが、力場は小揺るぎもしない。輸送機の自爆を無力化し、砲撃班の砲火をもしのぎ切ったその防御力は、1人で相対するならばまさしく「脅威」と言って差し支えないものだった。
――そう、1人で相対するならば。
「スイ!!」
俺が叫ぶと同時に、視界の端で銀色の閃光が迸る。
現象の主は、俺の背後から飛び出してきたスイ。
その手に携えた刀を鞘走らせて、俺という存在に集中するC型ファイントの意識の埒外から、鋭い剣戟を叩き込んだのだ。
「⬛︎⬛︎⬛︎……!!」
確かなダメージとなったのか、C型ファイントが唸り声を上げ、離脱するスイを睨みつける。
「よそ見――するなァ!!」
それはすなわち、意識が逸れ、バリアの強度が揺らぐのと同義。
その隙を逃すまいと、俺は身体ごとぶつかる勢いで機動推進器を吹かす。全身が軋む嫌な音が聞こえるほどの圧力にさらされながらも、俺は突き立てた大剣を強引に振り抜き、C型ファイントの胴体を薙ぐように切り抜けた。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎!!!」
追い詰めたはずの相手に与えられた手傷がよほど忌々しかったのか、C型ファイントが一際強く吼える。
空気が震えるほどの咆哮を受けて、しかし俺は再び肉薄。
今度はさらに意識を割かせるため、わざと奴の鼻先へ飛翔。
「もう一撃、喰らっとけぇ!!」
唐竹割りの要領で大剣を振り下ろすことで、C型ファイントの顔面めがけて、真っ向から刃を叩きつける。
むろん、斬撃はバリアに阻まれてしまうが、勢いを乗せた刃とバリアは火花を散らす。
視界を焼くほどに鮮明なそれは、奴の目前で炸裂することで、即席の目眩しとして作用した。
直後、俺の足元を駆け抜けて、スイがC型ファイントの懐へ突入する。
一度足を止め、刀を鞘に収めたスイは、呼吸を置いてから再び抜刀。
「せいやぁーっ!!!」
鎧装機兵の膂力と駆動速度を以て放たれるのは、神速の居合斬り。
大気すら切り裂くほどの鋭利な一撃は、C型ファイントの巨躯に、確かな傷を刻み込んで見せた。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎!!?!」
直後、C型ファイントが耳をつんざくような金切り声を上げ、狂ったように両腕を振るい始める。
「ぅおっ?!」
大剣のガードこそ間に合ったが、すんでのところで回避が間に合わず、迫り来る爪の一撃に吹き飛ばされてしまう。
「ストーップ!」
――が、俺が姿勢制御を行うよりも早く、背後に回ったスイが俺の躯体をキャッチ。
C型ファイントとの距離が開かないよう、後退距離を最小限に抑え込んでくれた。
「っ……ありがと、スイ」
「どういたしまして。――まだ行ける? チヒロちゃん」
「当然。フォーメーションはさっきのままでいいのか?」
「うん。……でも、思ってたよりも切り裂けなかった。腕ごと落とす気で行ったのにアレじゃ、このままじゃ時間がかかりすぎちゃうよ」
そう言って、スイは俺を抱き止めたまま表情を曇らせる。
時間がかかる、ということは、そのぶん攻勢に転じる回数が増えて、奴の気を引く俺の負担が増えてしまうということだ。
その程度問題ない……と豪語したいところだが、先の爪攻撃を回避できなかったように、長期に渡る作戦は精神的な疲労を確実に蓄積させている。あまり戦闘が長引けば、不慮の事故を起こす可能性もゼロではないのだ。
確実な勝利を得るためには、より迅速、かつ集中的な攻撃が必要となる。
だが、それを為すには絶対的に戦力が足りない。
先ほど以上の怒気を孕ませ、こちらを睥睨するC型ファイントに向き直り、どうするべきかと思考をめぐらせていた――その時。
どこからか飛来した「銃弾」が、C型ファイントの身体に生える残り少ない機銃に、無数の穴を穿った。
「へっ?」
「攻撃?! 誰が――」
スイのものでも、俺のものでもない、第三者の攻撃。
当惑を隠せないでいると、続けざまに耳元でノイズ混じりの声が響いてきた。
《通信失礼いたしますわ。わたくし、強襲班8番隊の〈ユズリハ〉と申します。マザーからの勅命により、只今よりあなた様の部隊へお邪魔させていただきますわ!》
勇ましさと優雅さを感じさせる声音が響いたかと思うと、再びC型ファイントめがけて弾雨が降り注ぐ。
直後、俺たちの側面を抜く形で、一体の鎧装機兵が乱入。両の手に一丁ずつ、二丁同時に装備した大型の突撃銃からマズルフラッシュを迸らせ、C型ファイントへの攻撃を開始した。
《こ、こちらっ、砲撃班第2班の〈ツクヨミ〉! マザーからの要請で、お姉様といっしょに支援させていただきまひっ……!》
そしてもう一つ、今度はどこか消極的でしどろもどろな声が無線越しに響く。
同時に、別方向から飛来した弾丸――おそらく狙撃銃の類を用いたものであろう遠距離射撃が、C型ファイントの背中を削り取るのが見えた。
《チヒロ、スイ。聞こえていますね?》
突然の援護に驚いていると、無線越しにマザーが呼びかけてくる。
「マザー、彼女たちは?」
《損害を免れた班のうち、予備隊から戦闘続行が可能と診断された鎧装機兵を援護に向かわせました。彼女らが陽動でバリアを引きつけるので、その隙にとどめの一押しをお願いします!》
どうやら、あれだけの壊滅的な損害に巻き込まれず済んだのは、俺だけではなかったらしい。
この状況下で無理をさせることに対する少しの申し訳なさと、活路が見えたことの喜び。
相反する二つの感情が、俺の口元に、無意識の笑みを浮かべさせた。
「――行こう、スイ。今度こそ、あいつにとどめを刺す」
「うん。やろう、チヒロちゃん!」
並び立ち、互いに頷き合う。
狙うは、奴の首ただ一つ。
今度こそと決意をみなぎらせながら、俺たちは再び、C型ファイントめがけて突撃を仕掛けた。
《ユズリハ、そのまま敵周辺を旋回して陽動射撃を継続! ツクヨミは射撃ポイントを維持し、バリアの誘引と残る機銃の破壊を狙ってください!》
《お任せあれ!》
《り、了解!》
マザーの指示を受け取って、ユズリハ、ツクヨミと名乗った鎧装機兵たちがそれぞれに返答する。
二丁の突撃銃を構え、踊るように軽快な身のこなしで銃撃を繰り出すユズリハ。
遠方からの精密な狙撃を武器に、確実に相手の気を引くツクヨミ。
たった2人の援軍だったが、畳み掛ける攻勢の強さは目を見張るものがあった。
複数班による砲撃にこそ劣るものの、奴の気を引くには充分すぎるレベルの厚い支援。それは、現状においてこれ以上ないほどにありがたいものだった。
戦いが終わったら、ちゃんと礼を尽くさなければ。
そう心に決めながら、俺はスイと共にC型ファイントの懐へ肉薄する。
むろん、C型ファイントも接近してくる俺たちを見逃すほどバカではないが、間断無く叩き込まれ続ける銃撃は、看過できるほど手ぬるいものでもない。
飛び込んでくる俺たちよりも、降り注ぐ銃弾たちへとバリアが向けられ続けているのが、その証左だった。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ーーー!!!」
苛立ちを咆哮に乗せて、C型ファイントが俺たちめがけて火球を吐き出してくる。
しかし、真正面から予備動作まで見ていた俺たちに、その攻撃は通用しない。回避行動を取れば、炎は肌に熱を伝えて飛び去るだけに終わった。
続けざまに、C型ファイントが両の腕を振るう。
狙われたのは当然、一歩前に出ている俺だ。
「はあぁぁッ!!!」
俺が選択した行動は、回避――ではなく迎撃。
迫る凶爪を真っ向から断ち切らんとするほどの勢いを乗せて、俺は全力で大剣の一撃を叩きつけてみせた。
鈍く、硬質で、空気を揺らすほどに強烈な衝突音が、あたりに撒き散らされる。
大剣と俺の両腕が嫌な音を立てて軋むが――C型ファイントの爪は、俺を引き裂くことなく押し留められていた。
「スイ!」
「まかせて!」
そしてそこへ躍り出るのは、俺の背後に控えていたスイ。
「おりゃあーッ!!」
勇ましく吼えながら、スイが白刃を振るい、一条の光跡を世界へ刻み込む。
一瞬の交錯が終わり、刻まれた残光が立ち消える。
そうしてそこに顕現したのは――俺とかち合っていたC型ファイントの腕が、半ばから切断される光景だった。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎!!!!」
怒りか痛みか、C型ファイントが金切り声にも似た雄叫びを上げる。
空気が震えるのを感じる中、C型ファイントが暴れようとする――が、そこへ降り注いだ銃弾が、C型ファイントを怯ませた。
《こちらを忘れていただいては困りますわね! 残念ですが、あなたに行動することは許されなくってよ!》
《お、大人しくしてもらいます……!》
攻撃の正体は、ユズリハとツクヨミ。それぞれに銃撃を放ち、奴の行動を逐次阻害にかかっているのだ。
陽動も兼ねて放たれた銃弾はやはりバリアに阻まれるが、スイの与えた痛打はその防備を大きく乱しているらしい。
いくつかの銃弾は、弾き飛ばされることなくバリアの内側へと貫入し、C型ファイントの体表へ突き刺さってるのが見えた。
「――そこだァッ!!」
そんな光景を横目に見ながら、俺は大剣を振りかぶる。
狙うのは、意識が逸れたことでガラ空きになった、もう一方の腕!
大剣の切っ先は、狙い違わずC型ファイントの隻腕へと激突。
衝撃を感じるのと同時にありったけの膂力を投入し、力任せに振り下ろせば、半ばから引きちぎれるような形で、C型ファイントの腕が断ち切られた。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎〜〜!!!!」
再び響き渡る、憤怒と悲鳴の入り混じった雄叫び。
機銃が潰されて、バリアを逸らされ、両腕を奪われたことで、いよいよ奴の怒りは最高潮に達したようだった。
だが、対抗手段のことごとくを失ったことで、C型ファイントはその脅威度を大きく下げている。
決めるなら、今しかない。
「頭を狙う! これで決めるぞ、スイ!」
「おっけー! やろう、チヒロちゃん!」
呼びかければ、二つ返事で答えが返ってくる。
頼もしさを胸に感じながら、俺は機動推進器を吹かし、空めがけて飛翔。C型ファイントの頭上高くへ躍り出た。
眼下を見やれば、そこにはこちらを見上げるC型ファイント。
そして、満身創痍となった巨体の下では、懐へ潜り込み、居合の構えをとるスイの姿。
見下ろし、見上げ、互いの視線を交錯させた後――どちらからともなく、頷きあう。
一拍をおいて、機動推進器を最大噴射。
C型ファイントめがけて落ちるように飛びながら、大剣の切っ先を構えて――
「これでっ!!」
「終わり、だああぁぁーーーーッ!!!」
流星のような刺突と、袈裟懸けに走る銀色の閃光。
二つの刃が、C型ファイントを切り裂いて、交錯した。




